食品の安全と食品検査

2012.06.29

2012年6月29日
財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
食品理化学検査部 部長 中里光男

食品の安全

「食の安全と安心」という言葉が社会に定着してきたように思います。この言葉の背景には過去のたくさんの食品事故や事件に対する反省がこめられているように思います。

私達は昭和22年に食品衛生法が制定されて以来、いくつかの食の安全を脅かす重大な問題を経験しています。昭和20~40年代にはヒ素による調製粉乳の中毒事件をはじめとして、メチル水銀による水俣病、カドミウムによるイタイイタイ病やPCBによるカネミ油症のような当時、食品公害といわれたような問題に遭遇しています。

また、その後も社会問題にも発展したような食品の事故・事件が相次いで起こっています。例を挙げると腸管出血性大腸菌O157による食中毒、黄色ブドウ球菌の産生した毒素(エンテロトキシン)による乳製品での食中毒、BSE(牛海綿状脳症)の発生や輸入野菜の残留農薬、ダイオキシンや環境ホルモンの問題等々枚挙の暇もないほどです。

このような問題での行政対応は、かつては発生後に対策を講ずるような事後処理型が普通でしたが、今日では食の安全に影響をあたえる要因について事前に危害情報を収集してリスク管理を行い、危害を未然に防止するという考え方が国際的な共通認識になっています。

この考え方は平成15年に制定された食品安全基本法の理念となっています。これが「食の安全と安心」という言葉が重みをもつ所以でもあります。このような中、食品の検査は食の安全を脅かす有害物質を科学的に検出する手段であり、不適な食品を排除するための根拠を提供するという役割を担っています。

食品検査の最前線

わが国の現在の食糧自給率はエネルギーベースで40%にまで低下し、その多くを諸外国からの輸入に依存しています。そのため輸入食品の安全性の確保がリスク管理上の最大の課題となっています。輸入食品の安全性確保の仕組みについて少し説明します。

まず港や空港に到着した食品については、厚生労働省の検疫所による輸入時の審査が行われますが、わが国の食品衛生法に違反する蓋然性の高い食品については輸入のつど輸入者に検査命令が発せられます(命令検査)。この場合、検査に合格しないと輸入・流通は認められません。この検査は食品衛生法の定めにより当院のような厚生労働省に登録された検査機関が行うことになっています。

また、初回輸入時の適否の確認や過去の類似食品の違反事例等から違反の可能性のあるものについては輸入者に対し自主的に検査を行うよう行政指導が行われます(自主検査)。

その他、多種多様な輸入食品の衛生状況を幅広く監視するために、検疫所自身が年間計画を立てて行う検査もあります(モニタリング検査)。これらの検査は輸入時、すなわち水際の検査ということで、輸入食品の安全性確保の上からも重要なチェックポイントということになります。

次いで食品が市場に流通してからの監視は地方自治体が主として行うことになっています。検査は都道府県や保健所設置市の衛生研究所や保健所等で行われますが、登録検査機関に委託してもよいことになっています。以上がわが国の輸入食品の監視体制と検査の概要です。この検査の対象は、食品衛生法で規定される食品、食品添加物、器具・容器包装のすべてということになります。輸入食品といえども我が国の食品衛生法に適合するものでなくてはなりません。

具体的な検査は理化学検査に限っても食品の成分規格、動物用医薬品や農薬の残留基準、食品添加物の使用基準に関するもの、器具・容器包装の規格試験等と多岐にわたりますが、サイクラミン酸やTBHQなどの未許可添加物、ヒ素やカドミウムなどの有害金属、アフラトキシンに代表されるカビ毒などの有害化学物質等についても実施しています。

一方、国内産の食品の食品衛生法に係る検査は、主として地方自治体による監視体制の中で行政検査として行われますが、リスク管理上の問題として国や都道府県が計画立案して行う調査的なものもあります。現在、国内産の食品で一番問題となっているのは放射性物質による農産物や海産物の汚染問題だと思います。
特に農産物については田畑の土壌から生産の過程を経て最終生産物に至るまで検査によってデータを取りつつ十分なリスク管理が行われることが肝要であると思います。

検査結果の信頼性は十分保証されたものでなくてはなりません。そのためには検査に係るすべての工程がしっかり管理されている必要があることはいうまでもありません。検査に携わる一人として、食品の安全、ひいては人の健康を預かるという仕事の重要性を今一度認識し、慎重に検査を進めていかなくてはならないと考えています。

(元東京都健康安全研究センター 食品添加物研究科長、薬学博士)

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