加熱しても死なない食中毒菌 2.ウェルシュ菌

2016.09.05

2016年9月5日更新
一般財団法人東京顕微鏡院 理事 伊藤 武

 ウェルシュ菌はセレウス菌と同様に菌体内に芽胞を形成する細菌で、土壌の常在細菌であるし、健康者も腸管内に常在する細菌です。しかし、常在ウェルシュ菌とは異なる特殊な性状を獲得したウェルシュ菌が食中毒を起こします。加熱でも死滅しない芽胞を持つ細菌であるので、加熱調理した食品が原因食品となります。ウェルシュ菌は酸素がある環境では増殖できない偏性嫌気性の細菌であり、酸素に暴露されると徐々に死滅してきますが、芽胞は酸素に暴露しても死滅しません。

 ウェルシュ菌食中毒はわが国では1983年から食中毒統計に計上され、図1のごとく毎年約25件の発生件数(患者数が約2,500名)報告されています。大量に調理するところで発生し、1事件に占める患者数が多く、給食病とも呼ばれます。ウェルシュ菌の食品衛生学的特徴と食中毒の起こり方について紹介します。

ウェルシュ菌

1.食中毒起病性ウェルシュ菌の特徴

1)芽胞の耐熱性が高い

 古くよりドイツなど欧州ではスープ等を原因食品とするウェルシュ菌食中毒の報告がなされていましたが、ウェルシュ菌は腸管常在細菌であり、食中毒を起こす病原菌とすることに疑問が持たれていました。1953年になって英国のHobbs博士らなどはロンドンで発生したウェルシュ菌食中毒から検出された菌株の解析から、食中毒を起こすウェルシュ菌は常在菌よりは芽胞の耐熱性が高く100℃、4時間でも死滅しないこと(耐熱性芽胞形成ウェルシュ菌)、食中毒由来株は特定な血清型であることを明らかにし、ウェルシュ菌の食中毒起病性を明確にしました。なお、常在ウェルシュ菌の芽胞は100℃、10分以内の加熱で死滅する熱抵抗性が低い菌です(易熱性芽胞形成ウェルシュ菌)。

2)病原因子はエンテロトキシン

 特定なウェルシュ菌が食中毒を起こすことが明らかとなりましたが、なぜ下痢を起こすのか、その病原因子に関する研究が進められ、1970年頃になりDuncan博士らにより下痢を起こす病原因子はエンテロトキシンであることが突き止められました。下痢原性のない常在ウェルシュ菌はエンテロトキシンを産生しません。食事により腸管に取り込まれたウェルシュ菌が腸管内で増殖型(栄養型)から芽胞型になる際に菌体内にエンテロトキシンが形成され、菌体の崩壊と遊離芽胞形成に伴い菌体外に放出される毒素であることがわかってきました。エンテロトキシン産生性はHobbs博士らが指摘したごとく特定な血清型とある程度相関性がありますが、エンテロトキシン産生性と血清型とは必ずしも一致しません。

2.ウェルシュ菌食中毒の原因食品は加熱調理食品

 ウェルシュ菌食中毒の原因食品は表1に示すごとく、カレー、シチューや鶏肉、牛肉、鶏肉、魚介類などの調理食品(ローストビーフ、若鶏のトマト煮込み、ロールキャベツ、肉じゃがなど)豆腐料理(麻婆簿豆腐など)、野菜料理(カボチャの煮付け、白菜のクリーム煮など)などいずれも食肉、魚肉、野菜などが含まれた加熱調理料理です。すなわち、これらの食材にはウェルシュ菌汚染が高いこと、加熱でも芽胞は死滅しないこと、加熱により酸素が放出されるし、肉類に含まれる還元物質により嫌気状態が保たれ、ウェルシュ菌が増殖します。

 これらの原因食品は前日に加熱調理され、一晩室温放置(放冷)された食品、あるいは加熱後2時間以上室温に放置された食品です。加熱食品が室温で自然放令され、50℃になると増殖が始まり、45℃では最も増殖速度が速く、猛烈に発育します。ウェルシュ菌が10万個/g以上に大量に増殖した食品が原因食品となります。

3.今後考慮しなければならないウェルシュ菌食中毒

 ウエルシュ菌に関する基礎学問の進展により新たに2つのことが明らかにされ、これらの問題点を考慮した検査法が導入されることによりこれまでに不明とされた食中毒事例の中にウェルシュ菌食中毒が含まれるものと思われます。
a) 新型エンテロトキシンによる食中毒
 食中毒起病性のあるウェルシュ菌は前述のごとくエンテロトキシンを産生する菌株であるが、最近東京都において門間らはウェルシュ菌が産生する新型エンテロ(イオタ毒素用エンテロトキシン)を発見した。これまでに本菌によるウェルシュ菌食中毒5事例が報告されています。
b) カナマイシン低耐性ウェルシュ菌による食中毒
 ウェルシュ菌はカナマイシンに耐性であることからカナマイシンが200mg/L含有した分離培地が一般に普及しています。しかし、東京都の調査でカナマイシンに低耐性(24~128μg/mL)のエンテロトキシン産生ウェルシュ菌による食中毒6事例が明らかにされてきました。このカナマイシンに低耐性ウェルシュ菌は従来から汎用されていた培地には発育しないことから、ウェルシュ菌陰性と判定されていました。今後はウェルシュ菌の分離培地にはカナマイシンに代わってシクロセリンを利用した培地を使用していかなければなりません。
 新型およびカナマイシン低感受性のウェルシュ菌による食中毒の患者の症状、潜伏時間および原因食品は従来のウェルシュ菌食中毒と同様であります。

4.ウェルシュ菌食中毒防止

食中毒予防の基本は(1)病原菌を汚染させない、(2)病原菌を増やさない、(3)病原菌を死滅させることです。食材のウェルシュ菌汚染は栄養型(増殖型)では死滅していくので、殆どが芽胞で汚染していると考えられます。食中毒起病性ウェルシュ菌芽胞は100℃、4時間の加熱でも死滅させることが出来ないことから(3)の病原菌の死滅対策は諦めるしかないでしょう。

予防の要点は、

  1. 原材料の野菜などは洗浄によりウェルシュ菌芽胞を除去すること。
  2. 加熱調理食品中での増殖防止は加熱調理後3時間以内に20℃以下に急冷する(発育温度帯50℃~20℃)。あるいは加熱食品を小分けにし、大気(酸素)に暴露させることにより嫌気度を下げ、好気的にすること。加熱調理後2時間以上室温に放置しないこと。前日調理を禁止すること。
  3. ただし、食品中で増殖したウェルシュ菌は一般に食品のpHが低くなってきており、芽胞型ではなく増殖型で生存しています。栄養型は熱に弱いことから、喫食前に再加熱(沸騰させること)することによりウェルシュ菌(増殖型)を死滅させることができます。

近年、加熱すれば食中毒菌が死滅し、食中毒が防止できることから加熱することに重点が置かれています。しかし、セレウス菌、ウェルシュ菌、ボツリヌス菌の芽胞は耐熱性があり、加熱では芽胞を死滅させることはできません。いずれも食品中で105個以上に増殖することにより食中毒を引き起こすことから、加熱調理後にウェルシュ菌芽胞を発芽、増殖させない対策が重要であります。

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