2019.06.01
監修:一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
名誉所長 伊藤 武
(元氣プラザだより:2019年6月号更新)
夏に向かって湿度や気温が高まるこれからの季節は、食中毒全体のうち90%を占める「細菌性食中毒」が、一年を通して最も多く発生する時期にあたります。
細菌性食中毒は、食中毒細菌が食品と共に口に入り、腸管内において食中毒細菌が様々な毒素を産生したり、腸粘膜細胞内に侵入したりして、下痢、腹痛、嘔吐、発熱、頭痛、倦怠感などの症状を引き起こします。
今月は、6月から10月までの気温の高い季節に発生する食中毒の中で、特に代表的な「腸炎ビブリオ」、「サルモネラ」、「カンピロバクター」、「O157」の4つの細菌性食中毒の特徴と、ご家庭でもすぐに役立てられる予防方法について紹介いたします。
腸炎ビブリオは栄養分の高い汽水(河川などの淡水と海水とが混合した、塩分濃度が中間程度の水体)や、近海の海水や海泥に生息する海洋細菌です。強い「好塩性」をもち、2~8%の食塩濃度で温度が20℃以上になると、魚介類の中で旺盛に増殖し始めます。
海水温の低い冬季の魚介類には腸炎ビブリオ汚染はありません。夏季の捕獲直後の魚介類にいても少量菌であり、問題とはなりません。危険なのは、魚が室温に2時間以上放置されると、腸炎ビブリオが1,000個以上に増殖すると食中毒の原因食品になります。
腸炎ビブリオ食中毒は、以前は発生頻度の最も高い代表的な食中毒でしたが、魚市場の衛生管理が厳しくなったことと、生食用魚介類の保存温度を10℃以下にするなどの法規制もあり、最近では著しく減少してきました。
原因食品としてよく挙げられるのは刺身や寿司です。魚貝類以外に「きゅうりの塩もみ」や「野菜の一夜漬け」が挙げられます。魚を調理したまな板上で「きゅうりの塩もみ」を作った際に、魚にいた腸炎ビブリオがまな板を汚染し、次いで「きゅうり」に移り、食塩を加えることで腸炎ビブリオが増殖します。真水に弱いので、水道水で調理器具などをしっかり洗浄しましょう。
サルモネラは元来、牛、豚などの家畜やニワトリ、七面鳥などの家禽の腸管に生息する細菌です。そのために、家畜やニワトリを解体する際、と体がサルモネラに汚染されるケースが一般的です。ただし、と場の衛生管理と食肉衛生管理が高まると共に、食肉製品のサルモネラ汚染はほとんどなくなってきました。
しかし一方で、昭和62年頃から米国や欧州で飼育されている産卵用のニワトリにサルモネラが侵入したため、卵がサルモネラに汚染され、結果として卵料理によるサルモネラ食中毒が激増してきました。
国内でも平成元年から同様の傾向となり、採卵養鶏場における衛生管理が強化されましたし、鶏卵の10℃以下の保存、卵料理の加熱の徹底など推進され、現在ではサルモネラ食中毒は著しく減少してきました。ところが、鶏肉などのサルモネラ汚染率が高まってきており、今後は食肉が要注意です。
カンピロバクターは、酸素が5~12%程度の環境でしか増殖できず、大気中では急速に死滅します。その生息場所は酸素濃度が低い家畜や家禽などの動物の腸管内です。
牛肉や豚肉のカンピロバクター汚染は低いのですが、生の鶏肉の汚染はきわめて高いことが特徴です。100個程度の少量菌でも食中毒を起こしますの で、注意が必要です。
調理の際、鶏肉に付着しているカンピロバクターが他の食品、特にサラダなどに触れるとたちまち汚染してしまう恐れがあります。
鶏さしやササミなどの生食は絶対に避けてください。
O157など腸管出血性大腸菌は100個以下の少量菌で感染・発症するし、激烈な下血や腹痛などの胃腸炎症状が見られます。小児や学童、高齢者では腎臓機能が傷害され、溶血性尿毒症性症候群と呼ばれる疾患を併発することがあり、死亡率が高い。
腸管出血性大腸菌は反芻動物の腸管内に保菌されているが、特に牛ではO157の保菌率が高く、食肉や肝臓などの内臓肉がO157で汚染されていることがある。原因食品は焼肉やハンバ-グ、レバ-や牛肉の生食など食肉調理・加工食品が多いが、淺漬け、きゅうり、サンチュが原因食品となったこともある。
米国では野菜や農産物を原因食とする事例が増加しており、農産物の衛生対策にも関心が高まっています。O157は乾燥にも抵抗性が高く、乾燥した牛糞内では数か月間も生存するため、牛堆肥を介した農産物のOl57汚染対策が求められています。
細菌性食中毒を引き起こす病原菌は、動物の腸管内だけでなく河川や海など、自然環境にまで幅広く分布しているため、食品への汚染の危険を常にはらんでい ます。しかし、正しい知識を身につけ、家庭においても十分な予防を行えば、食中毒細菌の汚染を防ぎ、衛生的な環境を保つことができるでしょう。