水道水中の有機フッ素化合物に関する最近の動向

2024.12.02

2024年12月2日
一般財団法人 東京顕微鏡院
理事・学術顧問 安田 和男

はじめに

毎日の生活に欠かせない水道水の安全性に懸念が生じている。水道水の源となる全国各地の河川水や地下水から、有機フッ素化合物(PFAS:ペルフルオロ及びポリフルオロアルキル化合物)の検出が相次いでいる。しかも、生涯にわたって摂取しても、健康への影響が現れない濃度として国の定めた暫定目標値より、数倍から数百倍の高濃度で検出されることが報告されている。

PFASは炭素とフッ素が強く結びついたペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、ペルフルオロオクタン酸(PFOA)、ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)などの有機フッ素化合物の総称である。その種類は、経済協力開発機構(OECD)の包括的グローバルデータベースによると4,730物質の存在が確認され、米国環境保護庁(EPA)よると環境関連PFASは、12,000種を超えるとしている。
また、PFASは、耐熱性や水や油をはじく便利な性質があり、これまでフライパンなどの調理器具のコーティング、衣類の防水加工、食品包装紙、カーペット、建築材料、半導体製造、泡消火剤など様々な産業用途に利用されてきた。

PFASは、化学構造的に安定で分解されにくいため、河川水、地下水、土壌などの汚染を経て、飲料水や食品製造に使用される水、水産物、畜産物、加工食品などに含有する可能性が懸念されている。ヒトの主な曝露源は飲料水であり、関連産業にかかわる労働者の曝露は、主に吸入曝露である。

本稿では、2021年7月7日付けコラムで「飲料水中の有機フッ素化合物の規制と現状」と題して執筆して以降のPFASの規制や汚染実態、健康影響評価などについて、国や自治体の新たな公表資料やメディア報道を基に概説する。

食品安全委員会による食品健康影響評価

生体への影響について、国際がん研究機関(IARC)は、ヒトに対してがんを誘発する根拠の程度から、2023年12月、PFOAはヒトに対して発がん性あり(グループ1)と認定(証拠は限定的(腎細胞がん、精巣がん))、PFOSは発がんの可能性あり(グループ2B)に分類した。表1に国際がん研究機関(IARC)による発がん性の分類を示した。

表1 国際がん研究機関(IARC)による発がん性の分類

グループ評価内容種類数
1ヒトに対して発がん性がある。128アフラトキシン、アルコール飲料、加工肉、
ベンゼン、ベンゾ[a]ピレン、PFOA
2Aおそらくヒトに対して発がん性がある。 95アクリルアミド、亜硝酸塩、非常に熱い飲み物、
レッドミート等
2Bヒトに対して発がん性がある可能性がある。323アスパルテーム、漬け物、鉛、わらび、PFOS
3ヒトに対する発がん性について分類できない。500コーヒー、マテ茶等
2023年12月1日時点

わが国では、内閣府食品安全委員会がPFASの健康影響について評価するため、2023年2月、「有機フッ素化合物(PFAS)ワーキンググループ」を設置し、国際機関、各国政府機関等においてPFASの評価に用いられた科学的知見や評価結果及びPFOS、PFOA、PFHxSに関する文献を調査して、食品健康影響評価を行い、今年6月25日に「評価書」として公表した*1)。「評価書」では、要約すると次のように結論している。

  1. PFOS、PFOA、PFHxSは、ヒトでは全身の組織、器官及び体液に広く分布している。血中では多くは血清に分布し、臍帯血、母乳、母乳保育の乳児の血清中にも存在する。
     
  2. PFASは化学的に安定であり、生体内で代謝されず主に尿に排泄される。
     
  3. ヒトにおけるPFOS、PFOA、PFHxSの消失半減期は長く、欧州食品安全機関(EFSA)のデータでは、PFOSは平均5.7年、PFOAは平均3.2年、PFHxS は平均11.4年であり、女性における消失半減期は男性より短い。
     
  4. 血清ALT値の増加、血清総コレステロール値の増加、出生時体重の低下などとの関連は否定できないが、増加の程度が軽微で、証拠が不十分などの課題がある。発がん性については、PFOAと腎臓・精巣・乳がんと関連する証拠は限定的である。
     
  5. PFOS、PFOAの耐容一日摂取量(TDI:人が毎日一生涯にわたり摂取しても健康への悪影響が現れない一日当たりの量)は、PFOS、PFOA各20ng/kgが妥当であり、日本国内でのPFOS、PFOAの平均摂取量は、TDIと比較して低い状況にあると推計できる。
     
  6. 今後の課題として、ヒトにおける体内動態については不確実なものが多いため、摂取量・曝露量の分布や曝露経路の推定などの知見の集積を期待する。さらには、飲料水、食品等から高い濃度が検出された場合の対応や、PFOS、PFOA、PFHxSの使用規制や排出源対策が重要である。

    以上、現時点の情報から考え、一般的な食生活から摂取されるPFOS、PFOAによって著しい健康影響が生じる状況にはない。

PFAS規制の動き

PFOS、PFOA、PFHxSは、毒性が強く、残留性、生物蓄積性などを有する「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」の対象物質として、PFOS及びPFOAとそれらの塩類は2009年、PFHxSとその塩類は2022年に、製造・使用・輸出入の制限や原則禁止の措置がとられた。

国内では、PFOS、PFOA、PFHxSは、いずれも「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」に基づき、健康影響の懸念から、PFOSは2010年、PFOAは2021年、PFHxSは2023年に、製造・輸入等が原則禁止されている。規制前に製造されたPFASを含む製品は、保管、漏出時の回収、廃棄などに厳格な管理が義務付けられている。
また、PFOS、PFOAは、水道水においては水質管理目標設定項目に、公共用水域(河川、湖沼、灌漑用水路など)及び地下水においては要監視項目に位置づけられている。水道水については暫定目標値として、公共用水域及び地下水については指針値(暫定)として、いずれも50ng/L(PFOS 及び PFOA の合算値)が設定されている。PFHxSは2021年に要検討項目として定められた。

さらにPFOS、PFOAは、水質汚濁防止法に規定する「公共用水域に多量に排出されることにより人の健康若しくは生活環境に係る被害を生ずるおそれがある物質」として指定された(2023年2月1日施行)。また、水道協会による2021-2022年度の浄水施設の水質調査で、3地点で3年続いて暫定目標値を超えたこともあり、環境省の「PFOS、PFOAに係る水質の目標値等の専門家会議(第4回)」(2024年7月開催)では、暫定目標値(50ng/L)をより厳しくするか、強制力のある水質基準に入れるかなどが議論の焦点になっている。暫定目標値(50ng/L)とは、PFOS、PFOAを50ng/L含有する水道水を一日2L、生涯にわたって摂取しても、健康への悪影響が現れない濃度をいう。暫定目標値から法的義務が生じる水質基準にした場合、自治体などの事業者に水質検査や基準を超えた際の改善対応が義務付けられる。図1にわが国における水道水質に関する基準等を示した。

図1 わが国における水道水質に関する基準等

水質基準項目(規制対象・検査義務あり)、水質管理目標設定項目、要検討項目の図

諸外国でも、PFASの規制を厳しくする動きがある。表2に水道水中のPFASに関する各国の目標値等を示した。
米国ではEPAが2024年4月、それまでのPFOS、PFOAの勧告値(70ng/L)を、それぞれ基準値4ng/Lと厳しく設定した。これは水道水から連邦基準を超えるPFASが検出され、化学工場や米軍施設周辺を中心にPFAS汚染が社会問題になっていることが背景にある。また、米国食品医薬品庁(FDA)は、2024年3月、人の健康に安全上の懸念を引き起こす可能性のあるPFAS等の化学汚染物質を含む食品の輸入阻止警告を発出している。

表2 水道水におけるPFASの基準値(水道水 1ℓあたり)

PFOS PFOA
WHO(世界保健機関) 100 ng 100 ng
米国 4 ng 4 ng
英国 100 ng 100 ng
カナダ 600 ng 200 ng
ドイツ 100 ng 100 ng
日本 50 ng
PFOSとPFOAの合算 暫定目標値

欧州委員会は2024年9月、REACH規則(EUの化学物質管理規制)により、難分解性のペルフルオロヘキサン酸(PFHxA)及びその関連物質の使用を制限するため規則を改訂した。

国や自治体による汚染実態調査

わが国で、PFASの汚染実態が徐々に明らかになってきた2020年頃、環境省は「毒性評価が定まっておらず、指針策定は簡単ではない。」とし、東京都や多摩地域市町村などの自治体も「十分な知見がなく、評価が難しい。」、「むやみに調査しても不安をあおることになる。」として、PFAS の問題に積極的に取り組む姿勢は見えなかった。しかし、その後の諸外国のPFASに関する情報や、わが国の市民団体による調査でPFOS、PFOAの汚染状況が発表されるに従い、この問題に対する取り組みの必要性が生じてきた。

環境省は、河川水、地下水におけるPFOS、PFOAの2022年度の調査結果を公表した。全国1,258地点のうち、大阪府や沖縄県など16都府県の111地点で暫定目標値を超えていた。このうち高い濃度を検出した地区には、空調機器メーカーの製造所があり、過去にフッ素樹脂やゴム製品の製造にPFOAを取り扱っていたことから、それが地下水に浸透したものと推定された。さらに、市民団体による当該地域の住民の血液調査では、他の地域の住民よりその値は有意に高かった。

東京都では、米軍横田基地に隣接する立川市や福生市など多摩地域を中心に、水道原水となる地下水でPFASが高い濃度で検出され問題になっていた。東京都環境局は、これまでも国に対して健康影響への対策や米軍横田基地内からの消火薬剤漏出の地下水への影響について、調査・分析・対策をするよう求めてきた。それに対し、米軍からは2010-2012年の横田基地からPFASを含む泡消火剤が漏出した3件の事故では、いずれも敷地外への漏出はないと報告された。しかし、2024年8月の豪雨により、消火訓練エリアからPFASを含む水48,000Lが排水溝を通り敷地外へ出た可能性があることが10月になって報告された。
また東京都環境局は、都内全域の地下水について2021年度からPFASの調査を行ってきた。その結果、23年度までに都全体の3分の1にあたる21自治体(渋谷区、世田谷区、立川市、府中市、調布市、武蔵野市、狛江市、八王子市、小平市など)でPFASが暫定目標値を超えて検出された。

これらの調査結果から、過去にPFASを製造・使用した工場や米軍基地、空港の周辺などが発生源の可能性が高いことが示唆された。

2023年には、岡山県で水源上流に産業廃棄物が放置されていたことが原因と思われるPFASの検出があり、給水制限が行われた地区もあった。静岡県では、2013年までフッ素樹脂製造過程でPFOAを使用していた化学工場周辺の井戸水、水路、雨水ポンプ場の排水から、PFASが高濃度で検出された。
2024年には兵庫県神戸市で、市内製造のボトル詰めミネラルウォーターの原料水採水地の地下水から、2023年の検査でPFASが暫定目標値の6倍を超えて検出されていたことが明らかになった。なおミネラルウォーター類については、環境省による2021年及び2022年のPFOS、PFOA調査(258試料)では、わずかに暫定目標値を超えた1試料を除き、その他の試料は低い値だった。

茨城県つくば市や筑西市では、従業員向け飲料水としていた事業所内井戸(専用水道)2か所から、暫定目標値を超える値が検出された。千葉県市原市では、飲料水の原水となる河川水や井戸水から暫定目標値の最大220倍のPFOS、PFOAが検出され、鎌ヶ谷市や柏市の海上自衛隊下総航空基地周辺の飲用水源となる河川水や井戸水からも、暫定目標値の数十倍から数百倍の濃度で検出されている。大阪府、宮崎県、広島県でも井戸水あるいは地下水から、熊本県では大学キャンパス内の井戸水から暫定目標値を超えるPFASが検出されている。

このようにPFASはすでに環境中に広く存在している実態が明らかになった。なお、環境省は、現在のところ暫定目標値を超えた全国の地域における健康被害はないとしている。

環境省と国土交通省は、水道水中のPFAS含有実態を把握するため、2024年6月に都道府県の水道事業者である水道用水供給事業者、専用水道等の設置者に対し、水道施設12,000か所におけるPFOS、PFOAの検出状況を9月中に報告するよう要請した。この調査では大学、病院、マンションなどの小規模な水道施設も対象になっている。
9月末時点までの検査の状況が11月29日に発表され、全国3,755事業(回答3,595事業)のうち検査を実施した2,227事業で、2020-2023年度は東京都、三重県、岡山県など12都府県の14事業で暫定目標値を超えたが、2024年度に目標値を超えたところはなかった。回答のあった事業の38%が検査未実施であることもわかった。

今後の取り組み

環境省は、PFOS含有泡消火薬剤の代替に向けた取り組みを進めており、2023年12月-2024年9月の消防機関、空港、自衛隊関連施設、石油コンビナートなどの調査結果では、2020年と比較して在庫量は45%に減じていると発表した。
しかし、PFASは半減期が長いため、環境中での食物連鎖や生物濃縮を経て、世代を超えて影響が及ぶ可能性がある。そのため、PFAS濃度を低減する除去技術や安全な代替物質の開発、定期的な環境モニタリング調査への取り組みは、急務であると考える。 

2024年8月環境省は、PFASを高濃度に含有する地下水を活性炭フィルターに吸着させることで、PFOS、PFOAを低レベルにまで除去できることを発表した。一方、吸着効率の高い素材の開発、使用済み活性炭の無害化、活性炭フィルターの定期的交換などは今後の課題となっている。また、環境省は「PFASに関する総合研究」の2024年度の課題として、北海道大学、兵庫医科大学及び国立医薬品食品衛生研究所の各研究グループの、免疫への影響、有害性評価手法、健康影響の解明に関する研究を採択している。研究成果はPFASの有害性やその定量的な把握への活用に役立てられる。
PFASの分析法については、高感度分析機器を用いて飲料水や地下水、食品、土壌などからPFASを高い精度で分析する方法の開発が進んでいる。科学的、客観的に信頼できるデータを積み重ねることで、汚染実態の把握や発生原因の解明につながることが期待できる。

このように、国内外のPFASに関する研究や実態把握への取り組みは着実に進んでおり、それらの成果データや関連情報を国や自治体が迅速に開示することが求められる。

PFASを巡る様々な実態が明らかになるに従い、飲用水として私たちの日々の生活に欠かせない水道水の安全性確保に課題が浮かび上がってきた。さらに、PFAS問題に関係する産業や事業は多岐にわたりその影響が懸念されるため、今後もPFASに対する国内外の動向に、しっかり注視する必要があると考える。


(参考資料)

*1)食品安全委員会:「評価書」有機フッ素化合物(PFAS)[PDF 7.5MB ダウンロード] 令和6年(2024年)6月 

*2)環境省:PFOS、PFOAに関するQ&A集 [PDF] 2024年8月時点 PFASに対する総合戦略検討専門家会議

*3)食品安全委員会:「有機フッ素化合物(PFAS)」の評価に関する情報(2024年6月25日)

*4)環境省:「PFASに関する今後の対応の方向性」を踏まえた対応状況について [PDF](2024年8月)

*5)独立行政法人 製品評価技術基盤機構/経済産業省 製造産業局 化学物質管理課
  /厚生労働省 医薬・生活衛生局 医薬品審査管理課 化学物質安全対策室:
  製品含有化学物質のリスク評価 ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)及びその塩 [PDF] 令和5年1月


お電話でのお問い合わせ