急増するアニサキス食中毒

2021.01.14

2021年1月14日
一般財団法人東京顕微鏡院
理事、学術顧問 安田和男

はじめに

魚介類の生食により、寄生虫(線虫類)の一種であるアニサキスを原因とする食中毒が近年急増している。厚生労働省食中毒統計では、2019年の食中毒病因物質別発生件数は、第一位アニサキス、第二位カンピロバクター、第三位ノロウイルスであり、アニサキスによる食中毒は前年に引き続き第一位になっている。

この背景には、わが国は古くから魚介類を刺身や寿司など生のままで食べる生食文化が根づいていることがある。さらに、消費者のし好の多様化により、生食する魚種が広がるとともに、それらをより新鮮なうちに食べたいという要望が強くなったことが考えられる。

このようなニーズを受けて、消費者が産地の業者から直接購入できるルートの開拓や、流通形態(冷凍技術など)・輸送システムの多角化、保冷容器の性能改良などが急速に進んでおり、より新鮮な種々の魚介類が手に入りやすくなったこともアニサキス食中毒が増加している一因と推察される。

アニサキスの生活史と特徴

アニサキス属線虫は、クジラ、イルカ等海洋ほ乳類を終宿主(成虫になれる宿主)とし、オキアミを中間宿主とする寄生虫である。クジラ等海洋ほ乳類の胃で成虫になり産卵し、クジラの排泄物とともに海水中に放出される。排出された卵はプランクトン(オキアミ)に食べられ、その体内で第3期幼虫に成長する。

幼虫が寄生したオキアミを捕食した魚介類中では、内臓表面に嚢包を形成してとどまっている。この魚介類を喫食し食中毒を起こす。アニサキスは、第3期幼虫の形態によりⅠ型、Ⅱ型に分類される。

内閣府 食品安全委員会 ファクトシートより

虫体は半透明白色
大きさ 体長約2~3㎝、幅0.5~1㎜、太い糸状の線虫
寄生場所 主に内臓表面に寄生
習性 鮮度が良いと渦巻き状になっていることが多い。
鮮度が落ちると腹腔内(内臓)から筋肉部位に移動する。

寄生している主な魚介類

サバ、アジ、カツオ、ニシン、タラ、イワシ、サケ、マス、イカなど多種類の魚介類にアニサキスの寄生が報告されている。アニサキス症の発生状況を見ると、4,5月はカツオ、9,10月はサンマによる事例が多く、旬の時期に関連した季節性がある。サバ、イワシは通年発生が見られる。特に回遊性の魚類に多く寄生が見られる。国内の養殖魚については、近年は加熱した餌や冷凍した餌を使用しているため、検出事例は認められていない。

東京都健康安全研究センターでは、平成24年4月から令和2年3月にかけて、市場に流通する魚介類(天然、養殖)113魚種、1,731尾について、魚類別にアニサキスの寄生実態調査を行っている。調査結果から、魚種別にアニサキスを検出した魚体数が多いものを抜粋して表2に示した。これらの魚種の中では、カツオ、キンメダイ、ホッケでアニサキスの検出率が高かった。

アニサキス食中毒の症状

わが国のアニサキス食中毒の多くは、Anisakis simplex sensu strictoによることが分子生物学的解析により確認されている。アニサキスの幼虫はヒト体内では成虫になれないため、通常は感染から3週間程度しか生存できず、消化管を通過し排泄される。しかし、アニサキスが寄生した魚介類を生食した時に、まれに虫体が胃や腸壁に侵入し突き刺さり、数時間後に激しい腹痛や吐き気などの症状を呈することがある。通常幼虫1隻(寄生虫の単位は匹ではなく隻と数える)でも発症する。

アニサキス症には、強い腹痛を伴う劇症型(急性)と軽症あるいは自覚症状のない緩和型(慢性)が知られている。劇症型胃アニサキス症は、8時間以内に発症、激しい腹痛、悪心、嘔吐症状を表す。食中毒事例の90%以上を占める。劇症型腸アニサキス症は、数時間から数日後に発症、激しい腹痛、腹膜炎症状を表す。

また、アニサキス虫体を抗原として、じん麻疹、浮腫、アナフィラキシー(全身の発疹、呼吸困難、血圧低下)などのアレルギー症状を示すことがある。虫体が死んだ状態(冷凍保存、加熱調理)の魚介類を摂取しても、感作・発症することが報告されている。

治療は内視鏡検査や外科的な処置による虫体の摘出が効果的であると言われる。診察した医師に、生魚を食べたことを伝えることが大事である。食品衛生法では、医師はアニサキスによる食中毒が疑われる場合は、24時間以内に保健所に届け出ることが義務付けられている。

海外におけるアニサキス症は、1950~1960年代オランダで塩漬けニシンによる発症が多く報告されている。イタリアではアンチョビー(モトカタクチイワシ)の調査でその2.3%がアニサキスを保有していたとの報告がある。

アニサキス食中毒を防ぐには

アニサキスによる感染を防止するには、以下のことに注意することが有効である。

① -20℃で24時間以上の冷凍で死滅させる。
② 新鮮なうちに速やかに内臓を取り除き十分に洗浄する。
③ 目で見える大きさのため、丁寧に目視確認する。
④ 十分に加熱調理(70℃以上で瞬時または60℃、数秒で死滅)する。
⑤ 通常の料理で用いる程度の食酢、しょうゆ、ワサビ、塩漬けでは死滅しない。

アニサキス症は、食品衛生法施行規則一部改正により2013年1月から、それまで厚生労働省食中毒統計で病因物質の「その他」に分類されていたものを、新たに「寄生虫 アニサキス」として分類し集計されることとなった。アニサキス食中毒の特徴として、ほとんどの事例で患者数は喫食した1名である。

国立感染症研究所が約33万人の2006~2011年分の診療報酬明細書(レセプト)から試算した結果、アニサキス関連の診察件数は、年間平均約7,000件と推計された。2019年に届出されたアニサキス食中毒発生件数(336件)と比べると、約5倍になる。実際には、わが国では年間に2000~3000名のアニサキス症が発生していると推定されている。

アニサキス食中毒患者が、飲食店や販売店で生食の魚を食べていたり、購入したりしていれば、当該店舗は原因施設として営業停止等の行政処分を受けることになる。

アニサキス食中毒の発生状況と最近の発生事例

2020年10月から12月に発生した全国のアニサキス食中毒事例78件の内訳を見ると、原因食品はアジ・サンマの刺身や刺身盛り合せが多く、寿司、海鮮丼も原因となっている。シメサバによる事例は比較的多く、キンメダイのカルパッチョによる食中毒もある。

また、鮮魚店やスーパーで購入したサンマやサケの生魚を自宅で刺身にして食べて食中毒になった事例や、サバの切り身を購入しシメサバにして食べ発症した事例、「生」の表示がされたサケを購入し刺身にして食べ発症した事例もある。魚介類を販売する際、生のまま喫食できるものには、食品衛生法に基づき「生食用」、「刺身用」、「そのままお召し上がりになれます」等の表示が義務付けられている。購入し調理する際には、その容器包装や店頭での表示を確認することが必要である。

おわりに

魚介類を喫食する場合、刺身だけでなく焼魚、煮魚、干物など多くの種類の料理を楽しむことができる。中でも鮮度の良い刺身や身の締まったシメサバは美味しく、多くの人々に人気がある。 また最近では、業界は新たな輸送システムの開発に取り組み、海水中に二酸化炭素(CO2)溶け込ませ魚介類を低活性化し催眠状態として運ぶことで、広域流通や遠隔地輸送を可能にできるとしている。このことで、新鮮で美味しい刺身や生魚料理を味わえる機会が益々増えてくると思われる。

アニサキスの寄生を心配して、天然魚介類の生食を避けるのは、わが国の和食文化、食習慣を考えると難しい面がある。そのため、今後も幅広い魚種を原因とするアニサキス食中毒の増加が懸念されるが、アニサキスに対する感染予防法をしっかり意識して対処し、美味しい旬の魚介類を楽しみたい。


(参考資料)

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