2015.12.26
2015年12月26日
一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
理化学検査部 技術専門係長 鈴木 昌宜
炬燵を囲んでみかんを食べる風景は冬の風物詩の一つですが、そのみかんも日にちがたつとカビが生えてくるのを経験された方は多いことと思います。カビは糸状菌とも呼ばれ、真菌類に分類されますが、キノコ、酵母もその仲間です。カビの胞子は微細で肉眼では認識できませんが、環境中のいたるところに存在しています。それが食品などの適当な基質に付着し、水分、温度、湿度などの環境条件が整うと、それから出芽し、菌糸を伸ばして集落を作り、カビの発生が認識されることになります。
カビには私達の暮らしの中で、有効活用されているものが数多く存在します。その例として、Aspergillus oryzaeやAspergillus awamoriなどの麹カビを穀類に着生させた麹から味噌、醤油、日本酒、焼酎、味醂などの発酵食品や調味料が作られ、我が国の独特な味文化を創造してきたことは周知のことと思います。また、カビの代謝によって作られる抗生物質や生理活性物質などの化学物質はヒトや動物の疾病の治療等に役立っており、有機酸類、ビタミン、酵素製剤等は医薬品や食品添加物として利用されています。その他、森林の朽木や落ち葉を分解するなど環境浄化や物質循環などで大きな貢献をしています。
一方カビには、米、麦類、トウモロコシなどの特定の農産物に着生して被害をもたらす植物病原菌に分類されるものもあり、米に対するいもち病菌、さび病菌、麦類での赤カビ病菌などによる被害は少なくありません。さらに重大なことは、ヒトや動物に対して健康被害をもたらす化学物質を作り出すカビがあることです。カビが産生する化学物質のうち、ヒトや動物に対し有害な作用を及ぼす化学物質をカビ毒(マイコトキシン:mycotoxin)と言いますが、この中にはヒトや動物の肝臓、腎臓、免疫系等に障害を与え、また、強力な発ガン性を示すものも存在します。
マイコトキシンはカビが2次的に産生する代謝産物であり、低分子で人を含む高等動物に生理的、病理的障害をもたらす天然生理活性物質と定義されています。現在、300種類以上のカビ毒が知られていますが、その中で食品衛生上問題となるものは20種類程度といわれています。
よく知られている代表的なマイコトキシンを表1に示しました。この中で汚染頻度や健康被害の面から重要なのは、アフラトキシン、Fusarium属の産生するマイコトキシン、パツリン、オクラトキシンと国際的に認識されています。これらについては規制を設けている国も多く、我が国においてもアフラトキシン、パツリン、Fusarium属の産生するマイコトキシンの一つであるデオキシニバレノールに規制を設けています。表2にそれぞれの規制値を示しました。次に食品衛生上重要なマイコトキシンについて概説します。
アフラトキシンは1960年にイギリスで発生した10万羽以上の七面鳥が死亡した事件を契機に発見されました。それは飼料に配合されたブラジル産のピーナッツミールに含まれていたマイコトキシンが原因でしたが、このマイコトキシンはこれを産生したカビであるAspergillus flavusにちなみアフラトキシン(Aflatoxin)と命名されました。アフラトキシンにはブルーの蛍光を発することに由来するB1、B2、グリーンの蛍光を発するG1、G2、牛の体内に摂取されたB1が代謝されて乳から検出されたM1などいくつかの関連化合物が知られています。アフラトキシンは肝臓を中心に強い毒性を示しますが、この中でB1、G1、M1には発がん性があることが判明しています。なかでも、アフラトキシンB1は自然界で最も強力な発ガン物質として知られています。
アフラトキシンを産生するカビは熱帯や亜熱帯地域に生息しているAspergillus flavusやAspergillus parasiticusなどの特定の株によって産生されることが分かっています。したがってこれらの地域で生産された農産物がアフラトキシンの汚染を受けている可能性が高いといえます。特に、ピ-ナッツ、ピスタチオナッツ、アーモンドなどの種実類、トウモロコシ、ハト麦、そば粉などの穀類及びそれらの加工品、ナツメグ、トウガラシなどの香辛料、ナチュラルチーズなど多くの食品から検出されています。わが国では食品全般に対しててアフラトキシンB1、B2、G1、G2の合計で10ppb以下という規制値を設けています。
小麦、大麦などの麦類の最重要病害の一つである赤カビ病を発生させるFusarium属に属するカビが産生する一群のカビ毒があります。この中にはトリコテセン骨格という共通の構造をもったデオキシニバレノールおよびそのアセチル化体、ニバレノール、T2-トキシン、HT-2-トキシン、フザレノン‐Xなどがよく知られています。中毒症状としてはおう吐、下痢、心臓出血、造血系の機能低下、免疫機能抑制などが知られていますが、発がん性は認められていません。これらの中で世界的にもデオキシニバレノール、二バレノール、T-2トキシンの汚染頻度が高いことが分かっています。わが国では小麦に対してデオキシニバレノールで1.1ppm(暫定値)という規制値を設けています。
その他、Fusarium属のカビが産生するトリコテセン系以外の重要なマイコトキシンとしてエストロジェン様(女性ホルモン様)症状を引き起こすゼアラレノン、食道がんとの関係が取りざたされ るフモニシンがあります。
リンゴジュースから検出されて問題となったマイコトキシンがあります。これは当初青かびの一種Penicillium patulumの培養物から抗生物質として発見され、菌名にちなんでパツリンと命名されましたが、消化管や肺の充血、出血、潰瘍を引き起こすなど、人に対する毒性が強いために抗生物質として使われたことはありませんでした。その後の研究でパツリンを産生する菌の種類は多いことが分かっています。
そのパツリンがなぜリンゴジュースから検出されたのでしょうか。その原因は台風などにより地上に落下したリンゴに土壌中にいるリンゴ腐敗菌であるパツリン産生能のあるPenicillium expansumなどのカビが傷ついた部分から侵入し、それが果実の中で増殖してパツリンが産生され、これがジュースの原料に用いられたことによります。わが国ではリンゴの搾汁および搾汁された果汁のみを原料とするものにあってはパツリンの含有量が0.050ppmを超えるものであってはならないという規制があります。
一般的にマイコトキシンは熱に強いものが多く、茹でる、炒める、炊飯するというような一般的な調理方法では完全に分解することはできません。例えば、アフラトキシンB1を含んだそばを茹でた場合、調理後でもその約80%はそばに残存しており、また、デオキシニバレノールを含んだ押し麦やゼアラレノンを含んだハト麦を炊飯した場合にも、その約90%が残存していたというデータがあります。
したがって、マイコトキシンを摂取しないためには、これを含んでいない食品を選ぶ必要があります。食品をマイコトキシンから守るためには、農作物の栽培時から菌の汚染を防ぎ、保管及び運搬時にも適正な保存状態を保つという配慮が必要です。また、家庭では、カビの生えたものを食べないのは当然ですが、種実類などは、虫食いのもの、変色したもの、割れたものなどを除いて食べると安心です。
以上、マイコトキシンの概要について述べてきましたが、今回はわが国で規制値が設けられているマイコトキシンを中心に解説しました。マイコトキシンの問題は食品衛生上の最重要課題の一つであり、国、地方自治体を問わず、精力的に監視と検査を行い、不適格な食品の排除に努めています。さらに、わが国では汚染頻度や毒性の面から、アフラトキシンM1やオクラトキシンについても規制を設ける方向で検討が進められています。
東京顕微鏡院でも、アフラトキシン等のマイコトキシンの検査を受託しております。
参考文献