2021.07.30
財団法人東京顕微鏡院 理事、 麻布大学客員教授
獣医学博士 伊藤 武
ノロウイルスによる人への感染経路には2つのルートがあります。一つは食品あるいは飲料水を媒介する感染で、食中毒と呼ばれます。ノロウイルス食中 毒は食品衛生法により医師からの届出が義務とされています。厚労省に届けられる発生件数が年間約300件、患者数が1万から2万名です。
一方、保育所・幼稚園、学校、高齢者施設、病院など集団生活者や家庭では人から人へ感染が広がり、ノロウイルス感染症と呼ばれています。ノロウイル ス感染症は特別に届出の義務がないために、年間の患者数は明確ではありませんが、年間何と数十万から数百万人と言われています。ノロウイルス感染症と食中 毒はヒトへの感染ルートの違いであって、患者の潜伏時間、症状、病態などは全く同じです。
ノロウイルス食中毒の感染経路と従業員対策および、冬季に流行を繰り返す要因について解説いたします。
ノロウイルス食中毒の原因食品は、カキなど二枚貝の生食や、加熱不十分なカキでしたが、近年、複合調理食品(給食の料理、仕出し弁当、旅館の料理など)、パン、ケーキ、和菓子、寿司、焼肉など様々な食品が原因となる例が増加してきました。
図1には東京都で発生したノロウイルス食中毒の発生要因について示したものです。平成15年以降、カキなどの二枚貝の衛生管理が推進され、これらを 原因とする事例に比して食品従事者の関与が高くなり、平成19年以降では約80%のノロウイルス食中毒の原因が食品従事者と考えられています。これらの事 例では食品製造従事者や調理従事者の手指を介して食品がノロウイルスに汚染されたと思われます。従って、作業前や作業中の手洗いを徹底し、手指→食品の汚 染防止をしなければなりません。
また、ノロウイルスは小腸に感染するので、糞便中に排泄されます。従って、トイレの床、便器、ドアノブ、手洗い施設などがノロウイルスで汚染される 危険性が高いので、毎日、便所の清掃と消毒(次亜塩素酸ナトリウム)の励行、用便後はノロウイルスに効果が高いヨード剤による手洗いが奨励されます。
冬季の食品企業従事者(健康者)のノロウイルス保有率は数パーセントにも認められますし、ふん便への排泄期間が2週間以上にわたることも希ではあり ません。ノロウイルスを保有する健康者が食品汚染を起こす危険性が高いので、食品従事者のノロウイルス検査を実施し、ノロウイルス陽性者は食品に直接接触 する業務から外すことも重要な対策でしょう。検査方法としては表1のごとく高感度な遺伝子検査が推奨されます。
ノロウイルスの流行は冬季にピークがみられ、夏季では著しく減少します。発生パターンの季節変動は、カキの喫食時期や環境中におけるノロウイルスの 生存性と関係するものと推察されます。すなわち、夏季の高温ではウイルスは数日間で死滅するが、冬季の低温では数ヶ月間でも生存できます。浄化槽をすり抜 けたノロウイルスは冬季の河川や海水中では20日以上にわたり生存し、カキなどの二枚貝で濃縮されます。
ノロウイルスとインフルエンザウイルスの環境中での生存性比較を表2に示しました。冬季に流行するインフルエンザウイルスは環境中での生存性が悪 く、感染経路としては患者からの直接の飛沫や接触感染です。ノロウイルスは環境の温度の影響が大きく、30℃以上では早期に死滅しますが、低温では長期間 生存します。冬季ではトイレのドアノブ、手すりなどの環境あるいは食品中でノロウイルスが長期間生存することができるために、ヒトへの感染機会が増大しま す。
ノロウイルス感染症の感染経路はノロウイルス患者の吐物を媒介(エアゾールなど)として人に感染を起こしたり、あるいは患者やノロウイルス保有健康 者の手指などから人に感染することがあります。吐物や吐物処理中に感染することもありますので、吐物の処理には高濃度の次亜塩素酸ナトリウムによる消毒を 行います。
また処理する人は使い捨てエプロン、マスク、使い捨て手袋、靴カバーなど感染予防対策もしっかり行なって下さい。保育所・幼稚園、学校、高齢者施 設、病院など集団生活者や家庭ではノロウイルスに汚染されたドアノブ、手すり、廊下などから人への感染防止も基本的には手洗いの励行です。
今年度の夏は猛暑の連続で、環境中のノロウイルスが殆ど死滅したと思われ、今年のノロウイルス患者は少なくなるものと推察されましたし、事実、8月ではノロウイルス集団例の報告は殆どありません。
しかし、9月、10月になり集団例は昨年に比して多数認められています。高温のため、河川や海水中のノロウイルスは殆ど死滅してしまったのでないか と思われましたが、ノロウイルスを保有した感染者が多数いたために気温の低下した9月になり多数の感染者が見られたのかも知れません。従って、今年の冬季 も例年と同様に食中毒の発生がおこる危険性が高いと推察され、食品従事者の健康管理と手洗いなどによる予防対策の徹底を進めなければなりません。