2016.03.30
016年3月30日
一般財団法人 東京顕微鏡院
食と環境の科学センター 臨床微生物検査部 検査チーム 科長 林田広美
理事、名誉所長 伊藤 武
平成元年から鶏卵内へのSE(Salmonella Enteritidis)汚染の出現により、SE食中毒が増加し、患者数が年間1ー2万名となった。しかし、殻付き卵の賞味期限の設定、殺菌液卵の成分規格など法的改正がなされた。さらに、採卵養鶏場、GPセンタ-、集団給食施設、飲食店などへの積極的な衛生対策の推進により、サルモネラ食中毒は平成15年頃から減少し、平成26年では事件数35件(患者数440名)にまで減少した。
サルモネラ属菌による健康被害は少なくなってきたが、食品従事者の衛生管理の一環として実施している保菌者検査で、サルモネラ属菌保菌率の増加が認められてきた。その背景として感 染源である食品、特に食肉のサルモネラ属菌の汚染現況などの成績から健康者のサルモネラ属菌感染のリスクについて考察をした。
当財団では食品従事者の衛生管理として赤痢菌・チフス菌、サルモネラ属菌,腸管出血性大腸菌O157などの保菌者検査を実施している。これらの成績のうち、サルモネラ属菌陽性率は2004 年では0.019%であったが、2005年以降0.022-0.0029%に増加し、2013年では0.053%,2014年では0.062%となり、以前の3-4倍となってきた(図1)。
サルモネラ属菌の検出率の増加と共に検出されるO群にも変動が見られる。2010年頃まではO7群とO8群が多数検出されていたが、2011年頃よりO8群が減少し、それに変わってO4群が増加してきた。2014年ではO7群とO4群が分離菌株のそれぞれ約35%を占めるようになり、O8群は25%である(図2)。O9群は2004年頃では分離株の約11%を占めていたが、徐々に減少し、2014年では4%となってきた(図2)。
患者などから検出されるサルモネラ属菌については国立感染症研究所において血清型など詳細な疫学解析がなされている。この成績からはS.Entritidis(O9群)は2002年では全体の62%(1302菌株)であったが、S.Entritidis食中毒の減少と共に分離されるS.Entritidis菌株は減少となり、2014年では調査菌株477菌株中S.Entritidisは73菌株となっている。
一方、その他の血清型からは顕著な変動は認められていないが患者由来株のO群を見ると2002年ではO4群が全菌株の約9%、O8群が約12%であったが、2014年では前者が約28%、後者が約16%となり、患者由来株も最近ではO4群が多い傾向である。
健康保菌者と患者から検出されるサルモネラ属菌の血清型には大きな相違が認められる。特にS.Entritidisは浸潤性があるし、病原性が高いために人が感染すればほとんどが発病し、健康保菌者となることはまれであるために、保菌者検査では分離率が低いと想定される。
ヒトへのサルモネラ属菌の汚染経路は大部分が家畜・家禽から食肉・食品が汚染され、最終的に人への感染となる。過去から現在までの牛や豚のサルモネラ保菌率は数%から10%以下であり、それほど高い保菌率ではない。
ブロイラ-などの家禽のサルモネラ属菌保菌率は過去においては50%前後であった成績も報告さえているが、平成10年頃では約10%に減少したが、現在では50%以上となり、陽性率が増加してきたし、ブロイラ-養鶏場に別にみるとほとんどの養鶏場がサルモネラ属菌汚染を受けている。
流通しているサルモネラ属菌汚染は毎年全国調査を実施た成績が厚生労働省から報告されている。図3のごとく、牛挽き肉、豚挽き肉では数%と低く、年次別でも大きな変動は認められない。しかし、鶏挽き肉については平成19年頃では約30%の陽性率であったが、最近では50%以上となり、驚異のデ-タ-である。また、ブロイラ-から検出されるサルモネラ属菌は大部分が保菌者から検出されるO4群である。
サルモネラ属菌食中毒や患者の減少が顕著ではあるが、それに反してサルモネラ属菌による健康保菌者の増加は何を示唆しているのであろうか。
サルモネラ属菌の人への感染は食肉あるいは食肉からの二次汚染された食品であると考えられる。鶏肉のサルモネラ属菌汚染の増加が人への感染の大きな要因であると推察される。しかし、現在、衛生管理が向上し、細菌の増殖防止対策が広く施行されてきている。その結果、日常喫食する食品中のサルモネラ属菌の菌量が低く抑えられていると思われる。
人が感染しても菌量が少量であることから発症にまでは至ることがなく多くが健康保菌者になったと示唆される。しかし、健康保菌者の増加はサルモネラ属菌食中毒の再興となることの警鐘でなければよいのだが…。