2016.09.02
2016年9月2日更新
一般財団法人東京顕微鏡院 理事 伊藤 武
サルモネラ、腸管出血性大腸菌、腸炎ビブリオなどの食中毒菌は熱抵抗性が低く、食品中のこれらの病原菌は75℃、1分の加処理により死滅することから、衛生管理基準として75℃1分の加熱条件が提示されています。しかし、食中毒菌の中には加熱しても死滅しないセレウス菌、ウエルシュ菌、ボツリヌス菌と呼ばれる特殊な細菌があります。
今回は、加熱しても死滅しないセレウス菌について解説いたします。
セレウス菌は発育の段階で生育に不利な条件となると芽胞と呼ばれる特殊な構造物を作り、悪条件下でも生き延びます。
芽胞は増殖しない休眠状態です。芽胞膜は頑固な構造をし、通常の加熱調理温度でも死滅しませんし、乾燥条件でも長年月にわたり生存できます(図1)。
生育条件が整ってくると芽胞が発芽をし、増殖状態(栄養型)に形態が変化します(図2)。増殖型は芽胞とは異なり、75℃の加熱で死滅いたします。セレウス菌はこのような芽胞形成することから100℃、30分の加熱でも死滅しません。
厚生労働省に届けられるセレウス菌食中毒事件数と患者数は図3に示すごとくそれほど多くはないし、大規模に発生することはまれで、ほとんどが小規模な発生です。
年間10~20事例、患者数が100~400名ですが、毎年恒常的に発生がみられます。死亡例はほとんど見られませんが、平成20年に発生した家庭でのセレウス菌食中毒(原因食品は焼飯)では3名中1名が死亡いたしました。原因施設はほとんどが飲食店や家庭です。冬季でも発生がみられますが、気温の高い6月から10月に多発します。
ただし、セレウス菌食中毒には2つのタイプがあります。1つは患者の潜伏時間が6~15時間、水様性下痢と腹痛が主症状で、一般に下痢型の称しています。2つ目は潜伏時間が短く30分から6時間、平均3時間、主症状が嘔気、嘔吐であり、嘔吐型といわれます。国内で報告されるセレウス菌食中毒は大部分が嘔吐型です。症状が概して軽症であり、保健所などに届出されないこともあり、統計に現れない多数の発生数と患者数があるものと推察されます。
セレウス菌は土壌細菌であり、米、麦などの農産物に広く汚染されております。
嘔吐型セレウス菌食中毒の原因食品は焼飯、ピラフがとても多いし、オムライス、パエリア、ドライカレーなど米飯の調理食品です。米飯以外ではスパゲッティが多くみられます。セレウス菌には鞭毛に様々な型(ギルバートのH型)が認められ、分類に利用されております。嘔吐型食中毒はほとんどがH1型で、その他にH12型、H3型などです。
嘔吐型セレウス菌の病原因子に関してはこれまでにも多くの研究者が検討を進めてまいりましたが、平成6年に安形則雄博士により嘔吐毒が単離、精製され、セレウリドと命名されました。本毒素により嘔吐が起きることが動物実験で確認されており、原因食品からもセレウリドが検出されています。嘔吐型セレウス菌を添加した米飯を室温(20~25℃)で放置した実験では、約6時間経過後、米飯内にセレウリドが産生されることも報告されています。
セレウリドは熱抵抗性があり、126℃でも破壊されないし、酸やアルカリにも安定した物質であります。嘔吐型セレウス菌芽胞は熱に抵抗性があり、米を炊く温度やスパゲティをゆでる温度では死滅いたしません(表1)。米飯やゆでたスパゲティを室温に放置する間に芽胞が発芽し、増殖をして菌数が10万個以上になると食品中にセレウリドが生成されます。セレウリドは耐熱性ですので、それで調理された焼飯やスパゲティであってもセレウリドは壊れないので、食中毒を起こすと考えられます。
嘔吐型セレウス菌は土壌中に分布し、農産物に広く汚染し、その芽胞が耐熱性であって、加熱では死滅しないことから、食品から嘔吐型セレウス菌を完全には除去できません。米や小麦粉中のセレウス菌芽胞はほとんどが1g当たり、10個以下であります。芽胞は調理温度では死滅しませんが予防対策はあります。
セレウリドは嘔吐型セレウス菌が食品中で10万個以上増殖しなければ産生されません。米飯やゆでたスパゲティを室温に放置することによりセレウス菌が増殖してセレウリドが産生されることから、室温に6時間以上放置しないこと。米飯やゆでたスパゲティは必要な量を調理し、余った物は必ず冷蔵保存することで食中毒が予防できます(表2)。
セレウス菌芽胞は加熱しても死滅しないことから、加熱すれば安全であるとはいえません。原因食品になりやすい米飯やゆでたスパゲティは加熱後すぐに使用しない場合は必ず冷蔵庫に保存しましょう。
セレウリドは食中毒を起こす嘔吐毒ですが、肝細胞にも作用し、肝機能が障害を受けることもあり、注意が必要です。