2021.07.15
財団法人東京顕微鏡院 理事 伊藤 武
2011年4月中旬より富山県、福井県、横浜市において焼肉チェーン店を利用した人が腸管出血性大腸菌O111による食中毒を起こし、4名が死亡した。原因食品は焼肉店で提供されたユッケと焼肉(カルビ、ロース)であると考えられた。原因菌が一般に広く知られていなかった腸管出血性大腸菌O111であるので、本菌の特徴やこれまでの発生状況について紹介する。
腸管出血性大腸菌は1977年にカナダのKonowalchukらが発見した新しい病原大腸菌で、ベロ細胞(アフリカミドリザルの腎臓細胞)を破壊する毒素(ベロ毒素)を産生することからベロ毒素産生性大腸菌と呼ばれた。1982年に米国においてハンバーガーを原因とする食中毒が発生した際に、患者から分離された大腸菌O157がベロ毒素を産生することが明らかとされた。
患者の症状は重篤で、殆どに出血性下痢が認められたことから本菌を腸管出血性大腸菌と称されたことから、国内ではベロ毒素を産生する大腸菌を腸管出血性大腸菌と呼ぶようになった。人から検出される腸管出血性大腸菌の血清型はO157が主流を占めているが、その他にO26、O111、O103、O145、O91、O121、O165など100あまりの血清型がみとめられている。
これらのO157以外の血清型を一般にNonO157としている。米国やEU諸国においては近年NonO157の感染者が増加してきている。国内においても表1のごとくヒトから検出される腸管出血性大腸菌O157は2000年では分離菌株の69.8%であったが、暫時O157の占める割合が減少し、2009年では64%である。
すなわち、NonO157の感染が増加傾向であると言える。この内O111の分離率は平均4%であり、O26に次いで多く検出される血清型である。
腸管出血性大腸菌が出現する以前から、大腸菌O111は主に小児の下痢症の原因菌として重視されていた。この時代に分離された大腸菌O111はベロ毒素非産生株であった。O157の出現後、1980年代中頃よりベロ毒素を産生するO111がヒトの下痢症から分離されるようになってきた。
日本で分離される腸管出血性大腸菌O111は殆どが鞭毛を欠損(H-)している。ただし、一部の菌株は鞭毛を有して、H抗原が8, 9, 21, 40 などである。また、大腸菌の殆どがリジン脱炭酸試験陽性であるが、O111:H-は本試験が陰性である特徴を有している。
腸管出血性大腸菌O111による最初の集団例の報告は、1986年に愛媛県の某乳児院において23名中22名が感染し、うち1名が死亡した。本例は特定な食品を介した感染ではなく、ヒトからヒトへの感染症であると考えられた。それ以降、保育所や幼稚園を中心に腸管出血性大腸菌O111による集団感染例が12事例報告されているが、いずれもヒトからヒトへの感染症と考えられている(表2)。園児がO111に感染後、家族等への二次感染やO111に感染しているが、症状のない症例も多数報告さえている。
腸管出血性大腸菌O111による食中毒の報告は、2004年に高校生が韓国への修学旅行時に現地の食事(焼肉料理か?)により食中毒となり、高校生と教職員102名が感染した。78名からO111が検出されたが、その他に、O157, O146などの腸管出血性大腸菌も証明され、複数菌による混合感染と考えられた。
腸管出血性大腸菌O111はこのような集団感染例以外に、表1に示したように散発下痢患者や家族内感染例が毎年多数認められている。
腸管出血性大腸菌O157が牛など反芻家畜に保菌されていることから、これらの動物を介して食肉や内臓肉が腸管出血性大腸菌O157に汚染されることが明らかにされてきた。従って、O157食中毒の原因食品は、ハンバーガー、ハンバーグ、一口ステーキ、牛たたきなどの食肉製品、焼肉、牛のレバーなどの内臓肉あるいは生食用肉が多く認められる。
図1に示すように、2000~2010年の11年間に生食によるO157事例が35事例認められ、うちレバーが22 例、ユッケが11例である。生食用食肉によるO157の発生が毎年確認されていることからO157以外の血清型(NonO157)による同様な食中毒の発生が危惧されていた。
今回のユッケによる食中毒事例は表3に示すごとく、焼肉チェーン店において165名の患者発生があり、重症者34名、死者4名である。今回の事例ではHUS(溶血性尿毒症症候群)を併発した患者が31名(患者の18.5%)と効率であり、従来のO157感染によるHUSが数%であることからして、重症化した患者が多数認められている。
原因食品としてはユッケが多いと推察されるが、患者の中には焼肉による食中毒を起こしたものも含まれるものと推定される。いずれの店舗も共通した食肉加工工場から生肉を仕入れており、この加工工場でのO111汚染が推察される。
なお、富山県の調査では患者からは腸管出血性大腸菌O111の他に腸管出血性大腸菌O157が27名から検出されており、本食中毒はO111とO157との混合感染であると考えられる。さらに富山県の調査では患者からはベロ毒素を産生しないO111も27名から検出されており、本菌の病原性については今後の検討が必要であろう。
牛肉などの生食による食中毒事件が頻発したことから、元厚生省は平成10年に「生食用食肉等の安全確保について」の通知を出した。本基準には生食用食肉の成分規格目標、生食用食肉の加工等の基準目標、生食用食肉の保存等基準目標が詳細に示されているが、あくまでも目標であり、法的な規制ではなかった。さらには平成18年に焼肉店を原因施設とする事例が続発し、その原因食品として焼肉、ユッケ、レバー等の刺身であることから、飲食店における腸管出血性大腸菌食中毒防止対策について通知が出された。
と畜場、食肉処理施設、食肉販売店、飲食店の各施設における生食用肉の衛生管理に基づいた保健所からの指導要請がなされた。また、高齢者、若年者など抵抗力の弱いヒトは生肉を食べたり食べさせないことも盛り込まれていた。
残念ながら、この基準は努力目標であり、罰則規定がなかったことから、国や保健所からの生食肉の喫食に関する指導が徹底されなかったことは大きな反省点である。
国の基準を厳守した生食用肉は馬肉と馬レバーのみであったが、飲食店には生食用のラベルのある肉が納入されたり、事業者は新鮮な肉であれば生食できると判断して生肉やレバーが提供されていた。
厚生労働省は2011年10月頃までに牛肉などの生食に関する法整備を行うことが発表されており、それに従った指導が徹底すれば、安全性の高い生食用食肉が流通するものと期待される。ただし、生肉や生レバーから腸管出血性大腸菌を完全には除去できないことから、抵抗力の弱い乳幼児や学童、高齢者は生食用肉であっても喫食を避けるべきであろう。