貯水槽水道のランキング表示による新たな管理評価の導入

2021.07.15

財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
営業部 井上 太

はじめに

わが国において水道法が制定されてから50年以上が経過し、国内の水道普及率は97%を超え、日本は世界トップレベルの水道先進国となりました。し かし、ビルやマンションなどに設置されている飲料水用の貯水槽、いわゆる受水槽や高置水槽ではその維持管理が十分に行なわれなかった結果、水の汚染事故が 発生しています。

その例として、平成6年に神奈川県平塚市で発生したクリプトスポリジウムによる集団下痢症、平成10年に長崎県の大学で発生した800名にもおよぶ集団赤痢の発生などがあります。

このような事故を未然に防ぐために、水道法では受水槽の有効容量が10tを超える施設を簡易専用水道と定義し、厚生労働大臣の登録を受けた検査機関による管理の状態に関する検査を1年に1回、定期的に受けることを受水槽の設置者に義務づけています。

しかし、受水槽の有効容量が10t以下の施設(小規模貯水槽水道)では、管理状況をチェックする法的規制はなく、地方自治体などが条例や要綱などを 整備して水の汚染事故防止に取り組んでいるものの、受水槽総数が全国で約110万施設にもおよぶこれら小規模受水槽の維持管理は十分に行なわれていないの が現状です。

貯水槽水道の現状と問題点

貯水槽の維持管理状況は、施設の設置状態や規模、設置者や管理者の飲料水に対する意識などによってさまざまです。

特に、昭和50年の建設省告示第1597号「建築物に設ける飲料水の配管設備及び排水のための配管設備を安全上及び衛生上支障のない構造とするため の基準」により、貯水槽の天井、底および周壁の保守点検を行うための空間を設ける、いわゆる六面点検ができる水槽の設置が義務付けられました。しかし、そ れ以前に設置された地下埋設型や、建造物躯体利用型の貯水槽を現在でも使用している施設が多く、これらの設備では汚水や地下水からの汚染を受けるおそれが 高いため、施設の改善が早急に望まれています。

また、六面点検ができる貯水槽でも、オーバーフロー管や通気管の防虫網破損による衛生害虫の侵入や、外壁塗装の劣化による光の透過が原因で水槽内に藻類が発生するなどの水の汚染事故が発生しています。

水道法にもとづく簡易専用水道の定期検査では対象施設の29.6%が水槽マンホールや通気管の状態、水槽本体や水槽周囲の状態などで不適とされ、安 全な飲料水が提供されていません。小規模貯水槽水道の検査では、対象施設の31.1%が不適と判断され、大きな課題となっているのです。

貯水槽水道ランキング表示制度の概要

このような背景から、平成17年度より麻布大学の早川哲夫教授を中心に、厚生労働科学研究として貯水槽水道のランキング表示制度のあり方についての 研究がなされてきました。この制度では貯水槽水道の管理状況や施設の状態を評価し、優良な施設に対してマーク(表示)を付与することにより管理者の意識を 高め、同時にその施設の資産価値をも高めることを目的としています。

このランキング表示制度を具体化するにあたり、平成20年度は横浜市、平成21年度は東京都において試験的に実施されました。この試行は、一般社団 法人全国給水衛生検査協会に属する簡易専用水道登録検査機関が担当し、施設の管理に関する事項が15項目25点、施設の構造に関する事項が17項目25 点、合計32項目50点満点で評価しました。

具体的な調査項目として、施設の管理に関する事項では、施設管理者が選任されているか、施設管理者の従事状況が適切であるか、管理計画書が作成されているか、設備の点検や給水栓における遊離残留塩素の測定結果、外観(色、濁り、臭い、味)検査の結果が記録され適切に整備保存されているか、などが盛り 込まれています。

また、施設の構造に関する事項では、水槽の周囲に六面点検できるスペースが確保されているか、水槽が屋内設置の場合の換気設備、排水設備、照明設備 が十分か、高置水槽への昇降の安全が確保されているかなどがあり、施設の強度・機能、施設の損耗度に関する事項では、水槽の耐震強度が担保されているか、 緊急遮断弁が備えられているかなどが調査項目としてあげられています。

貯水槽ランキング表示制度の試行

貯水槽水道ランキング表示制度の施行に向けての予備調査は、毎年実施している簡易  専用水道検査と同時に行われました。設置者や管理者に概要を説明し、理解をいただけた施設には専用のチェックリストを持参し、点検や聞き取り調査を行いました。

ランキング表示予備調査の結果については、貯水槽水道の管理改善に関する研究会及び一般社団法人全国給水衛生検査協会が取りまとめを行なっているた め、詳細は差し控えますが、簡易専用水道の法定検査結果が良好であった施設においても、ランキング表示制度のすべての項目を満足した施設はありませんでし た。

その理由としては、貯水槽や給水管の耐震構造状況や長期修繕計画の作成など、建物の規模によっては実施が厳しい項目もあったことが考えられ、今後はチェック項目の再検討も必要となるでしょう。

優良施設のマーク表示がその施設の資産価値を高めるものであれば、簡単には取得できないことも重要であると思います。

おわりに

平成20年度の厚生労働省調査では、簡易専用水道検査対象施設数は全国で212,573件、そのうち検査実施施設数は170,064件で受検率は約80%となっています。

水道法で検査が義務付けられていることを考えれば、決して十分な受検率であるとはいえず、今後、国や地方自治体、そして登録検査機関が三位一体となって受検率の向上に努めることが望まれているのです。

また、小規模貯水槽水道では、施設数が全国で907,843件に対して、検査実施施設数は23,463件にとどまり、受検率は、わずか2.6%となっています。これは、設置者や管理者が飲料水の安全確保に対する意識が十分ではないことを物語っている数字です。

今後、水道法による定期検査に加えて、貯水槽水道ランキング表示が、貯水槽水道の設置者や管理者に対する管理の認識を深めてくれることを大いに期待しています。

お電話でのお問い合わせ