このたび、たいへん多くの優れた研究テーマが応募されました。選考委員会による厳正なる審査を経て、当法人・医療法人合同の経営会議にて協議した結果、栄えある第6回遠山椿吉賞の受賞者を決定いたしましたので、発表いたします。
受賞された方々には、こころよりお祝い申し上げます。
※ 遠山椿吉賞応募者のうち、優秀な研究成果をあげており、これからの可能性が期待できる40歳以下の方に対して、平成27年度に「山田和江賞」を創設しました。「山田和江賞」は、当財団が戦後10年間休止していた事業を再建し、平成26年に享年103で亡くなられた故山田和江名誉理事長・医師の50余年の功績を記念して創設されました。
受賞者 | 上田 豊(大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学 講師) |
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テーマ名 | 本邦における子宮頸がん動向調査とHPVワクチン接種の効果の解析 |
子宮頸がんのほとんどは発展途上国で発生しているが、本邦は、先進国の中で唯一、子宮頸がんが増加している国にも関わらず、その詳細な学術的解析は行われていない。
本邦においては子宮頸がん検診受診率は著しく低く、またHPVワクチンはいわゆる副反応報道と積極的勧奨一時差し控えの継続によって事実上停止状態となり、生まれ年度によって接種率が大きく異なる事態となっている(Ueda Y et al. Am J Obstet Gynecol. 2015 212:405-6)。
子宮頸がんは若年女性に多いが、本邦では女性の晩婚化・晩産化と相まって、結婚・出産前に子宮頸がんに罹患する女性が後を絶たず、医療問題としてだけでなく、大きな社会問題となっている。
適切な子宮頸がん対策は、国が掲げる「女性活躍社会」の実現や少子化対策にもつながる極めて重要な課題である。
当研究では、まず本邦における子宮頸がんの動向を調査し、本邦における子宮頸がんに関して克服すべき問題点の把握を行った。引き続き、それを解決するための手段としてのHPVワクチンの国内での有効性を、全国の自治体の協力の下に検証した。
年々進む高齢化による影響を排除した年齢調整罹患率(1985年人ロモデルに換算)の経年変化を調べたところ、検診の導入に伴い一貫して減少していた罹患率は、2000年以降は有意な増加に転じていた(年平均変化率:3.8(95% CI: 2.7-4.8))。1980年には60歳代・70歳代にあった発症年齢のピークが2010年には30歳代・40歳代に移動して若年化していることが明らかとなった。
特に、検診での発見が難しい腺がんが30歳代以下で一貫して増加していた(年平均変化率:5.0(95% CI: 3.9-6.0))。また、子宮頸がんに対する標準治療の一つである放射線療法を受けた症例の5年相対生存率は若年ほど不良傾向であった。これらの結果から、若年層の子宮頸がんに対する医学的な難しさが浮き彫りとなった(Yagi A, Ueda Y et al. Cancer Res. 2019;79:1252-1259.)。
各生まれ年度ごとのHPVワクチン累積初回接種率と20歳での子宮頸がん検診結果の相関を解析した。いわき市・川崎市・大津市・大阪市・高槻市・神戸市・岡山市・松山市・福岡市からデータ提供を受けて解析したところ、1990年度~1993年度生まれのワクチン導入前世代(接種率0%)では子宮頸がん検診の細胞診異常率は4.0%であったが、1994年度~1995年度生まれのワクチン接種世代(接種率69%)では、細胞診異常率が3.0%と有意に低下していた(p=0.014)(Ueda Y et al. Sci Rep. 2018;8:5612)。HPVワクチン導入(公費助成)のリアルワールドでの有効性のインパクトを示した本邦で唯一のデータである。
また、松山市からの提供データにて、ワクチン導入前世代(1991年度~1993年度生まれ:接種率0%)ではCIN3の頻度は0.09%であったが、ワクチン接種世代(1994年度~1996年度生まれ:接種率79%)では、CIN3は全く存在せず、有意に減少していた(p=0.016) (Yagi A, Ueda Y et al. Vaccine. 2019;37:2889-2891)。これらは、CIN3以上の予防効果の本邦での初めての証明である。
【 受賞対象業績の概要説明 】
特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について
当研究は、本邦における子宮頸がんの動向を初めて明確に示し、若年女性がさらされている子宮頸がんの問題点を明らかにした。さらに社会問題化しているHPVワクチンの本邦における有効性を初めて明確に示した。
これらは、今後の本邦における子宮頸がん対策の重要な基礎資料となり、国民の疾病予防による健康や生命の維持を通して、「女性活躍社会」の実現や少子化対策にもつながる極めて重要なものである。
受賞者 | 可知 悠子(北里大学医学部公衆衛生学単位 講師) |
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テーマ名 | 保育園・幼稚園に通っていない子どもの社会・経済・健康面の特徴 |
わが国では過去30年間に、パート、契約社員、派遣社員といった非正規労働者が増加した。受賞者は雇用不安や低所得など、非正規雇用に伴うさまざまな社会的不利の集積によって、健康問題が引き起こされることを疫学研究で明らかにしてきた。また、そうした勤労世代の社会的不利が子どもの貧困につながり、彼らの健康問題を引き起こしていることも明らかにしてきた。
昨今、幼児教育が親の社会的不利の子どもへの連鎖を断つ鍵として注目されている。アメリカの経済学者ヘックマンによると、質の高い幼児教育は、低社会階層の家庭の子どもの非認知能力(社会や忍耐力など)を伸ばすことで、成人後の経済状況を改善する効果が期待されている。
その一方で、海外の先進国の研究では、社会的に不利な家庭ほど幼児教育を受けていないことが指摘されており、日本でも同様の傾向が懸念されたが、先行研究は見当たらなかった。
厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」に参加した平成13年生まれの子ども17,019名と平成22年生まれの子ども24,333名を対象に、3、4歳時点で保育園や幼稚園に通っていない要因について、家庭の社会経済的状況と子どもの健康・発達に着目して分析した。分析は、13年と22年生まれの子どもで別々に行った。
13年生まれの3、4歳クラスに未就園の子の割合は、それぞれ18%、5%であった。
22年生まれの3歳クラスに未就園の子の割合は、8%であった。家庭の社会経済的状況に関して、未就園と関連した要因は、「低所得家庭」、「きょうだいが3人以上」、「親が外国籍」だった。
子どもの健康・発達の問題に関して、未就園と関連した要因は、「早産」、「先天性疾患」、「発達の遅れ」だった。22年生まれでは未就園の理由も尋ねており、低所得家庭の場合、経済的理由の割合が高く、保育園や幼稚園の利用は必要がないという理由の割合は低かった。
低所得家庭で未就園が多い傾向にあったが、保育料は世帯収入に比例するため、単純に保育料の問題ではなく、保育料以外の費用(課外活動費や給食費など)が負担になっている可能性がある。低所得家庭では親がメンタルヘルスの問題を抱える傾向があるため、親のメンタルヘルスの問題によって未就園になっている可能性もある。
多子世帯では、兄や姉が面倒をみていて、親が就園させる必要を感じていない可能性がある。早産や先天性疾患は直接、未就園と関連している可能性に加え、それらが発達の遅れと関連し、発達の遅れが未就園と関連している可能性もある。親のどちらかが外国籍の場合には、言語・金銭的なハードルにより就園していない可能性がある。
自治体は未就園児の状況を把握し、保育園・幼稚園等の利用に係る障壁を取り除く努力をして、幼児教育を受ける機会の公平性を担保することが望まれる。
【受賞対象業績の概要説明 】
特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について
本研究は全国データを用いて、日本で未就園の要因を明らかにした初めての研究である。また、児童虐待防止対策と幼児教育・保育の無償化政策にも貢献した。
2018年6月に「目黒女児虐待事件」が報道され、政府は7月に児童虐待防止対策に関する関係閣僚会議を開催した。5歳の被害女児が未就園であったことから、政策決定者側でも未就園は虐待リスクという認識が高まっていたのを後押しする意図で、本研究のデータを厚労省の担当技官に提出した。どこまで参考にされたか不明だが、未就園児の把握が対策項目に含まれた。
また、本研究は今春に行われた幼児教育・保育を無償化するための子ども・子育て支援法改正に関する参院本会議で、多数の与野党の関係者から取り上げられ、宮腰内閣府特命担当大臣より「未就園児については各省庁で連携して研究する」方針が示された(2019年4月25日連合審査会、国民民主党の伊藤たかえ議員質問への回答)。
本研究は、今後の未就園児に関する国会や自治体の議論でも、参考にされると思われる。未就園児への対策が進み、社会的に不利な家庭の子どもや、健康・発達に問題がある子どもが保育園や幼稚園につながることができれば、社会的不利の連鎖が断たれ、健康で幸福に満ち濫れた今と未来を生きられる可能性がある。