令和6年2月6日(火)、ホテルメトロポリタンエドモントにて「遠山椿吉記念 第8回 健康予防医療賞 授賞式」が開催されました。
遠山椿吉賞は、当財団の創業者で初代院長である医学博士、遠山椿吉の公衆衛生向上と予防医療の分野における業績を記念し、その生誕150年、没後80年である平成20年度に創設した顕彰制度です。公衆衛生の領域において、ひとびとの危険を除き、命を守るために、先駆的かつグローバルな視点で優秀な業績をあげた個人または研究グループを表彰するものと位置づけています。
令和5年度は将来の予防医療のテーマに先見的に着手したものを重点課題としました。
「遠山椿吉記念 第8回 健康予防医療賞」と40歳以下の研究者を対象とした「遠山椿吉記念 第8回 健康予防医療賞 山田和江賞」は、「日本での新型コロナウイルス感染症と血栓症の実態を調査し最適な予防の指針を検討する研究」というテーマで「日本での新型コロナウイルス感染症と血栓症を調査するタスクフォース」(代表:山下侑吾氏/京都大学大学院 医学研究科 循環器内科学 助教)がダブル受賞しました。
授賞式ではまず、当法人の戸田勝也常務理事が開式の辞を述べ、各選考委員からの挨拶および選考委員長の門脇 孝氏(虎の門病院院長、東京大学名誉教授、日本医学会・日本医学会連合 会長)による講評と受賞者の紹介がありました。
山田匡通理事長は、祝辞において遠山椿吉博士の業績と本賞ならびに山田和江賞の趣旨を述べ、今回、ダブル受賞された山下氏とタスクフォースのメンバーの方々に祝福の言葉を贈りました。
「新型コロナウイルス感染症と血栓症の実態について国内の疫学研究が非常に乏しい状況の中、同タスクフォースの疫学調査によって13もの学術論文が作成され、報告されました。結果、血栓症の発生頻度が日本は海外に比べて低いことが明らかにされ、その知見は我が国独自の診療指針として厚生労働省の『診療の手引き』にも引用されるなど、学術的のみならず社会的な意義としても非常に大きな結果をもたらしました」と述べ、深い敬意を示しました。
さらに選考委員の先生方の厳正かつハイレベルな審査に心からの感謝を述べ、山下氏およびタスクフォースのメンバーの方々のさらなるご活躍と、わが国の公衆衛生・予防医療の発展を願って結びとしました。
山田理事長による祝辞の後、それに応えてタスクフォース代表の山下侑吾氏、メンバーの孟真氏(日本静脈学会 理事長、横浜南共済病院 院長補佐、循環器センター 部長、心臓血管外科 部長、横浜市立大学 臨床教授)、小林隆夫氏(浜松医療センター 名誉院長)からそれぞれ、受賞についての挨拶があり、授賞式は終了しました。
続いて行われた山下氏による受賞記念講演会には、40名を超す参列者が熱心に聴き入り、質疑応答も活発に行われました。
講演会終了後、会場を移して行われた受賞記念レセプションでは、医療法人社団こころとからだの元氣プラザの中村哲也統括所長の挨拶に続き、髙築勝義名誉所長による乾杯が行われました。参加者は大いに交流を深め、レセプションは盛況のうちに終了しました。
開式の辞
戸田 勝也(当法人理事:経営企画室・ICT推進本部・管理本部担当、医療法人常務理事:運営担当)
選考委員長講評より
門脇 孝(虎の門病院院長、東京大学名誉教授、日本医学会・日本医学会連合 会長 )
受賞者挨拶より
遠山椿吉記念 第8回 健康予防医療賞 受賞
山下 侑吾氏(日本での新型コロナウイルス感染症と血栓症を調査するタスクフォース代表:京都大学大学院 医学研究科 循環器内科学 助教)
孟 真氏(同タスクフォースメンバー:日本静脈学会 理事長 横浜南共済病院 院長補佐、循環器センター 部長、心臓血管外科 部長、横浜市立大学 臨床教授)
小林 隆夫氏(同タスクフォースメンバー:浜松医療センター 名誉院長)
戸田 勝也
当法人理事:経営企画室・ICT推進本部・管理本部担当、
医療法人常務理事:運営担当
本日は皆様ご多用の中、また昨日の大雪で足元が滑りやすい中お集まり頂きましてありがとうございます。
遠山椿吉賞は一般財団法人東京顕微鏡院の創業者である遠山椿吉先生の公衆衛生と予防医療の分野における業績を記念して、生誕150年にあたる平成20年に創設されました。受賞対象となるのは食と環境の科学賞と健康予防医療賞の2部門。隔年でそれぞれ選考表彰させていただいています。
平成27年からは40歳以下の遠山椿吉賞応募者に対して、研究の更なる発展を推奨することを目的として山田和江賞を設けております。今年度は健康予防医療賞ですが、おかげさまで、今年で第8回目を迎えることができました。これもひとえに大変お忙しい中厳正なる選考を行っていただきました門脇選考委員長を初めとする選考委員の先生方の高い専門性と熱意のあるご審査のおかげであり、心から感謝申し上げます。
このような選考を経て選ばれました受賞者の皆様に心からお祝い申し上げます。また本日の授賞式にもご出席を賜り改めて御礼申し上げます。後ほど予定されております受賞記念講演もたいへん楽しみにしております。
最後になりましたが、ご来賓の皆様にご出席の御礼を申し上げまして開会の挨拶とさせていただきます。
門脇 孝
虎の門病院院長、東京大学名誉教授、日本医学会・日本医学会連合 会長
選考の結果についてご説明をしたいと思います。本年度は20件の応募がございました。本年度も前回までに劣らず優れた研究課題の応募が多かったと思います。今回は第1に公衆衛生への貢献、第2に公衆衛生向上を図る創造性、第3に予防上の実践、第4にこれからの人の育成―この4つの点から多角的に評価・選考を行いました。
慎重に審議した結果、遠山椿吉賞には「日本での新型コロナウイルス感染症と血栓症を調査するタスクフォース」が選ばれました。代表者は京都大学大学院 医学研究科 循環器内科学 助教の山下侑吾先生です。山下先生のグループは新型コロナウイルス感染症のパンデミックの中で本感染症に合併する血栓症の実態を精力的に調査し、疫学データに基づいてその予防指針をまとめられました。その結果、コロナ感染症の重症度が高い症例では血栓症のリスクが高く、リスクに応じて個々の症例に抗凝固療法による予防を考慮することが妥当であることなどが明らかとなりました。
また本研究からの知見は関連学会からの診療指針という形で医療現場に情報発信されただけでなく、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症診療の手引きにも引用され、本感染症における予防指針となっております。合併する血栓症治療への貢献は学術的にも社会的にも非常に大きなものと言えます。このため山下先生のグループは予防医療の実践を通じ実際に公衆衛生の向上への貢献が卓越していると認められ、選考委員会は一致して同タスクフォースが遠山椿吉賞の受賞に最もふさわしいとの結論に至りました。また同グループは代表の山下先生が選考当時38歳であり、山田和江賞の条件と合致することから同賞の候補ともなりました。
以上の結果を東京顕微鏡院およびこころとからだの元氣プラザの経営会議に報告し審議いただいた結果、山下先生のグループが遠山椿吉記念 第8回 健康予防医療賞と山田和江賞をダブルで受賞することに決定いたしました。以上、選考の経過を紹介いたしました。
本年度も素晴らしい研究者を選ぶことができましたのは、選考委員会にとっても大きな喜びです。山下先生および同タスクフォースの皆様に心よりお祝い申し上げ、選考委員長の経過報告といたします。この度は誠におめでとうございました。
山下 侑吾
日本での新型コロナウイルス感染症と血栓症を調査するタスクフォース 代表:京都大学大学院 医学研究科 循環器内科学 助教
今回このような貴重な賞を受賞させて頂き、関係者の皆様には厚く御礼申し上げます。また本研究に際してご指導頂き、授賞式にもわざわざ御列席頂きました小林隆夫先生および孟真先生にも御礼申し上げます。
今回のタスクフォースでは、私は研究事務局として全体の取りまとめ役を担当させて頂きましたが、これは決して私ひとりの力でなしえたものでありません。
本賞のお名前の由来である遠山椿吉博士は、結核などの感染症領域の予防でも大きく貢献された方だと聞いております。時代背景こそ異なるものの、私たちが今回取り組んだ新型コロナウイルス感染症もまた、世界中でパンデミックを引き起こしており、今回の受賞は、それに対する私たちの取り組みが評価されたものだと考えています。これからさらに百年後、また新しい感染症がパンデミックを引き起こした時には、私たちの取り組みが、将来の医師や研究者にとっても参考になればと願っております。
また今回は、私自身が若手研究者ということで、遠山椿吉賞だけでなく、山田和江賞も同時に拝領しました。山田和江賞の受賞は、私にとっては、さらなる今後の活動に向けた大きなモチベーションになります。引き続き自分の研究領域で精進してまいりたいと思います。最後になりますが、本研究にご協力頂いた皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
孟 真
同タスクフォースメンバー
日本静脈学会 理事長、横浜南共済病院 院長補佐、循環器センター 部長、心臓血管外科 部長、横浜市立大学 臨床教授
新型コロナウイルス感染症が発生した折、横浜ではクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で多くの乗客が罹患していました。中核病院である横浜南共済病院も決死の思いで患者様を受け入れたことを記憶しております。
独身である、子供がいない、小さな子供がいない、等の条件を満たしたスタッフが精神的ケアを受けながら、自宅にも帰れずホテルに泊まりながら診療にあたるというような状況でした。
その中で、「血栓症が新型コロナウイルスの大きな死亡リスクである。肺塞栓症がかなりの原因がある」という報告がされました。予防には大量の抗凝固薬を使うべき等、様々な意見が出ました。しかし実際には肺炎で亡くなられる方は多くおられましたが、肺塞栓症はどちらかというと少なかったのです。疑問を持っていたところで、以前から研究を共にしていた山下先生と話し、「やはりこれは私達がやらなければいけないテーマだろう」と思い研究に取り組み始めました。
肺塞栓症研究会の代表である小林先生のご協力を得てタスクフォースとなり、徐々に研究の規模が大きくなる過程で、新型コロナと血栓症に関するエビデンスが一つ、また一つと出てきました。それらを少しでも診療指針に反映しようという日々でした。いま同じことができるかと言われると、おそらく難しい。あの時期だからこそできた仕事ではないかなと思っています。
小林先生のご尽力で私たちの診療指針は厚労省の指針になりました。日本で初めての内科疾患の抗凝固療法に関する指針であり、非常に歴史的な指針です。ある意味、この研究は現在も生きていると思います。今後、また未知の感染症や色々な内科疾患が出てきたとき、研究の大きな支えになるのではないでしょうか。
山下先生は頭脳明晰で仕事熱心な方です。家庭を大切にし子育てもして、仕事もおろそかにしない。今の時代を体現している新しい世代の研究者です。そのような先生と仕事ができたことを非常に光栄に思っております。現在、私は日本静脈学会の理事長を務めており、山下先生が事務局長です。これからも二人三脚で日本の医療に貢献するような研究をしていきたいと思います。
本日このような大きな賞を受賞させていただきましたことは、私たちの今後の励みになり、本当にありがたいことです。東京顕微鏡院の方々、評価をしていただいた選考委員の方々、そして本日ご来場いただいた皆様に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
小林 隆夫
同タスクフォースメンバー
浜松医療センター 名誉院長
この度は、遠山椿吉賞と山田和江賞のダブル受賞という素晴らしい賞を授与される光栄を賜り本当にありがとうございます。 私は肺塞栓症研究会の代表という立場から、このタスクフォースに参加させていただきました。
肺塞栓症という疾患は今でこそ教科書にも載っていますし、テレビでも盛んに報道されますが、昔は全く知られていない病気でした。2000年1月に帝王切開で出産した方が分娩後に肺塞栓症で亡くなり、その主治医は肺塞栓症や予防について一切知らなかったことが大きな問題として報道されてしまいました。我々もリスクの高い患者の予防には取り組んでいましたが、体系的な予防は一切行っていませんでした。これを機に肺塞栓症研究会が中心となり、他の9つの学会と合同で肺塞栓症・静脈深部静脈血栓症を予防するガイドラインを作成しました。同時に厚労省が2004年4月の診療報酬改定で予防医療に保険を適用するという画期的なことがあり、肺血栓塞栓症予防管理料の3,050円が算定できるようになりました。それ以降、全国で一斉に予防が行われるようになったのです。具体的には弾性ストッキングを使ったり、マッサージをします。リスクの高い患者には抗凝固薬のヘパリンを使います。
日本の予防医学における肺塞栓症の予防は、まさに以上の2000年の報道と2004年のガイドラインから始まりました。ちょうど20年です。また2000年には成田空港の診療所が「飛行機で成田空港に帰国した人のうち25人が肺塞栓症で死亡している」と報告しました。これが「エコノミークラス症候群」という病気として新聞紙上で定着しました。そもそもは、第二次世界大戦のロンドン爆撃において避難した人たちの中で起きた病気で、論文にも記載されるようになりましたが、日本ではあまり知られていなかったのです。
2004年の10月に、新潟県中越沖地震が起き、被災者の中で肺塞栓症が発生して、特に車中泊の被災者に多いことが分かり、新潟大学を中心に解析して初めて世界に報告しました。諸外国と比較して日本人は発症が少なく、「症例数が少ない」とリジェクトされてしまったのですが、文献を調べると他に報告がなく、世界初の報告だったと思います。それ以来、災害被災者に対する血栓症の予防を我々の学会から提言として出しています。厚労省からももちろん出ています。
そして今年1月1日に能登半島で大地震が起きました。金沢大学の報告で、調査した人たちの3人に1人が足に血栓ができていることが判明しました。もちろん肺塞栓症も起きています。いまとても心配なのは感染症の蔓延です。寒いですから新型コロナも増えますし、インフルエンザやノロウイルスなど様々な感染症が起こる可能性があります。また寒さのためにじっとして動かず、水分を取らないでいると足の血液が固まって血栓症が起きます。それをいかに予防するかが喫緊の課題です。1日の地震発生後、2日には孟先生からメールが来て、2人ですぐ提言を出して肺塞栓を予防しましょうと話しました。
私は実は産婦人科医で、産科は出血と血栓症との闘いなのです。出血は止血処置をしたり輸血をすれば何とか助かりますが、肺塞栓になると一瞬で死んでしまう。非常に怖いです。それを少しでもなくせるよう、血栓症の予防に取り組んでいるわけですが、今回たまたまタスクフォースという形で調査をし、厚労省の診療指針にも引用されたということは非常に私たちにとっても光栄であり、門脇選考委員長を始め山田理事長からもありがたいお言葉を頂きました。私たちがずっと取り組んできたことが今ここに実を結んだと思い、本当にありがたく思っております。