新たな段階に入ったシックハウス問題 (第3回)

財団法人 東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
 環境検査部 技術部長 瀬戸 博
掲載日: 2011年9月28日

前号では、室内空気中に多くの未規制物質が存在しており、中には健康影響が危惧されるような高濃度に達するケースもあることを述べた。指針値が設定された化学物質は限られているため、それらを避けて代替物質が使用されている状況が浮き彫りになってきた。この状況から、シックハウス問題は解決策が打ち出されないまま新たな泥沼に陥っているようにもみえる。

今回は、解決への糸口になると思われるTVOCによる総量規制と臭気を考慮した規制の必要性について述べる。

TVOC(総揮発性有機化合物)による総量規制の必要性

未規制物質の実態把握は不十分であり、ヒトへの健康影響を早急に評価し、消費者やメーカーに情報を伝達することが望ましい。しかし、多くの未規制物質をリストアップし、その健康影響評価を行い、基準を設定していく作業量は膨大で時間がかかる。しかも、個別規制の結果、別の未規制の代替物質が出現する可能性がある。今後も増え続けるであろう様々な未規制物質に対応するためには、TVOCによる総量規制が現実的な対策と考えられる。

ところでTVOCと一口に言っても、その定義や測定法は様々である。厚生労働省が示している標準的測定法によれば、ガスクロマトグラフ分析でヘキサン(炭素数6、沸点69℃)からヘキサデカン(炭素数16、沸点287℃)までの間に出現する物質の総量とされる(図1参照)。ガスクロマトグラフでは個々の物質は存在量に応じたピーク面積(強度x時間)を示す。

実際の作業としては、各ピークの物質が何かを確定(これを同定という)したうえで、その物質で検量線を作成し、個別定量をする。これを検出されるピークの数だけ繰り返すのだが、 総量の半分から3分の2以上を同定・定量する必要がある。未同定のピークはトルエンとみなして定量(トルエン換算)し、両者を合計する。この方法では、同定物質の数を多くするほど、「真の」TVOC値に近づくと考えられる。欠点は多成分の解析作業に時間がかかることでル-チン分析には向かない。

一方、JIS A 1965と建築学会規準では、すべてのピークについてトルエン換算による定量法を採用している。すなわち、同様の分析でヘキサンからヘキサデカンまでの間に出現する物質のピーク面積の総和をトルエンによるものとみなして定量する。この方法では個別同定・定量をしないため、作業性は著しく向上する。しかし、各物質固有の応答性を無視し、一律にトルエンで代用するため、測定の厳密さには欠ける。

どちらの方法にも一長一短がある。TVOC測定の普及をするのであれば、当然トルエン換算法が有利である。測定の厳密さには欠けるが、室内空気の汚れを判断するという目的であれば十分な精度である。厚生労働省の暫定目標値は400µg/m3だが、図1に示した新築木造住宅では、4,000µg/m3を超えており、97%が未規制物質であった。このデータは、揮発性有機化合物に対する現状の規制が既に有効に機能しなくなっていることを示している。本例では、築後直ちに入居するのは適切ではないと考えられたため、十分な換気後に入居することを勧めた。

臭気を考慮した規制の必要性

TVOCの最大の問題点は単純に濃度の総和、すなわち空気の汚れの指標であって健康影響や臭気の強弱を考慮したものではないということである。そのため極めて臭気が強い物質であっても低濃度の場合にはTVOCとしては問題視されないことになる。TVOCは低くても悪臭の苦情があるというケースはまれではない。この欠点を補うために官能試験による臭いの質や臭気濃度分析を行い、総合的に判断することが有効と考えられる。

筆者は、千葉大学大学院の森千里教授らのグループと共同で官能試験の代替として、臭気の強度を考慮した簡便な指標を提案している。ある室内における個々の物質の臭気の強度を臭気閾値比(Odor Threshold Ratio: OTR)、すなわち空気中濃度と臭気閾値との比で表したものである。

図1 ガスクロマトグラフ分析結果の例(新築木造住宅、2011年8月)

※TVOCはヘキサン(4.8分)からヘキサデカン(22.4分)の間に出現する物質の総量をいう。本例では、トルエン換算TVOCは4,120µg/m3、規制物質は8.2分のトルエン(約50µg/m3)などで合計しても全体の3%以下であった。したがってVOCの97%が未規制物質であった。

これは、官能検査における「臭気濃度」あるいは「Odor Unit」に相当するもので、本指標の場合、官能検査によらず当該室内空気の化学分析値と既存の臭気閾値データを使用して客観的に評価する。さらに総合的な臭いの指標として、OTRを合計したものをTotal OTR (TOTR)と定義した。これまでの調査でOTRが高かった物質は、ヘキサナール、ペンタナール、ノナナール、アセトアルデヒド、酢酸、α-ピネンなどで、TOTRは最大258に達した住宅の例があった。OTRが30以上になると、ほとんどの人が臭気を感じるため何らかの低減化対策が求められる。

しかし、複雑な臭気の苦情のケースでは、人による官能検査が必要になる。弊院では、TVOC測定の他、臭気判定士による臭い判断の要請にも対応している。

次回は、シックハウスをなくすための取り組み、「ケミレスタウン・プロジェクト」について述べる予定である。


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