新たな段階に入ったシックハウス問題 (第4回)

2011.12.23

財団法人 東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
 環境検査部 技術部長 瀬戸 博
掲載日: 2011年12月23日

前回までに、シックハウス問題は何故なくならないのか、指針値設定という規制に対処するため、短絡的に当該物質の使用を抑制することが一般化し、その反動として未規制物質の使用による被害事例が発生していること、TVOCや臭気による総合的な規制が必要なことなどを述べてきた。

本シリーズの最終回はシックハウスをなくすための先進的な取り組みを行っている千葉大学を中心とする「ケミレスタウン・プロジェクト」の成果を紹介する。

ここで紹介する内容は、2011年11月12日に開催された日本臨床環境医学会で千葉大学予防医学センター 森千里教授と戸髙恵美子准教授により発表された「ケミレスタウン・プロジェクト5年間の成果」から主に引用させていただいたものである。

ケミレスタウン・プロジェクトとは

本プロジェクトは5カ年計画で2007年に始まった、千葉大学予防医学センター(当時は環境健康フィールド科学センター)(千葉県柏市)とハウスメーカーやオフィス家具メーカー、住宅関連企業各社が進めている産学共同の環境改善型予防医学の研究である。シックハウスの主な原因と考えられる化学物質をできるだけ減らしたモデルタウンを千葉大学の柏の葉キャンパス内につくり、健康に悪影響を与えない環境を整え、様々な実験を行って、人が健康に暮らせる街を提案するのが目標である。

モデルタウンには、シックハウス症候群対応の住宅を想定した実験棟、生活の質の向上を提案する展示スペース、環境医学診療科などが設置されている。また、次世代を見据え、小児の成長・発育に悪影響を及ぼす恐れのある環境汚染物質に関する正しい知識を伝え、市民に指導できる人材を育成することや、得られた成果を元に新しい指針提案をすること、様々なメディアを通じて社会に向けて情報発信することなどを目的にプロジェクトを推進してきた。

ケミレスタウン・プロジェクトの成果

キャンパスの敷地内に3棟の戸建て住宅型実験棟、鉄筋コンクリート2階建て建物、内装材の実験のためのプレハブ実験棟「ユニラボ」3棟が設置された。室内空気中の揮発性有機化合物(VOC)は最大時で118物質が分析された。また、これらの施設の中で健康なボランティアが人の五感で室内空気を評価するなどの実験が行われた。

本プロジェクトでは、予防医学的3段階のアプローチを踏むという手法が採用された。すなわち、まずシックハウス症候群について人々に知ってもらい(認知)、関心をもってもらい、行動に移してもらう、というアプローチである。以下に、項目別に内容を紹介する。

認知

体験型ギャラリーを無料で開設し、見学会や市民講座などがしばしば開かれ、また、メディアを介して問題について広めた。

関心

自分がシックハウス症候群になりやすい体質なのかどうかを知って関心を持ってもらうため、QEESI問診表(※注1)をもとにしたアンケートに回答することによって体質を知ることができる「ケミレス必要度テスト」が作成され、誰でもインターネット上で使用できるようになった。世界で発生するシックハウス症候群問題に対応するため、英語版、韓国語版も作成された。

行動

実際に問題が発生した場合の対応や問題が発生しないようにする具体的な対応について以下のとおり研究・開発がなされた。

  1. 日本国内どこにいても室内空気を捕集し、分析機関に送って室内空気中VOCを測定できる宅配型空気捕集ポンプ「ケミレスポンプ」が開発された。
  2. 住宅の室内空気中ケミレスTVOC(アルデヒド・ケトンを含むVOC)が夏の時期に400µg/m3以下であればNPOケミレスタウン推進協会から「プロトタイプ認証」がなされた。
  3. 学校などの公共施設の場合、室内空気中ケミレスTVOCが夏の時期に250µg/m3以下であればNPOケミレスタウン推進協会から「プロトタイプ認証」がなされた。
  4. 今回、ユニラボで行ってきた内装材および家具類の研究成果より、プロトタイプ空間認証はケミレスTVOC400µg/m3以下とされた。

———————————————————————————-

しかし、上記以外に本プロジェクトを通して明らかになったことで重要なことは、シックハウス症候群の原因は非常に複雑で、原因となりうる化学物質は多岐にわたるうえ、次から次へと新しい物質が使われるために測定および分析技術がそれに追いついていない実態があることである。現在の測定・分析方法では捕まえられない分野の物質がいくつもあることが予想される。

また、ある物質群に対して症状が現れる人が、別の物質群に対しては症状が現れないことも多い。人によって原因物質は異なり、症状も実にさまざまである。「この症状が出たからシックハウス症候群である」あるいは「この症状が出ないから同症候群ではない」とは単純に言えない。

本プロジェクトでわかったこと、それは「わかっていることはほんの一部である、ということ」である。

最後に、森教授と戸髙准教授は、「本プロジェクトの成果を社会へと広げ、将来の患者を少しでも減らすために、現時点での現実的な対応として、我々は、室内空気中TVOCを400µg/m3以下とし、さらに可能な限り低くすることを社会全体で目指すことを提言する」と結んでいる。なお、この「室内空気中TVOC 400µg/m3以下」の規準は日本臨床環境医学会で審議の末、追認されたことも心強いことである。
 

ケミレス認証制度

ケミレスタウン・プロジェクトは、これまでの成果の総仕上げとして、室内空気中の総揮発性有機化合物(TVOC)のケミレス規準を表1のように提案している。

表1 ケミレス認証規準

ケミレス規準 室内空気中TVOC濃度 説明
A規準 400μg/ m3以下 シックハウス症候群をある程度予防できる濃度
S規準 250μg/ m3以下 学物質に対して敏感な方(感受性の高い方)でもシックハウス症候群をある程度予防できる濃度

今後は、ケミレス認証規準が実際の住宅や公共建築の設計・施工の場で参考にされ、室内空気質の目指すべきゴールとなることが期待される。
 

おわりに

本シリーズでは、4回にわたって室内空気中の化学物質に起因するシックハウス問題の現状とシックハウス症候群の患者を減らす取り組みを紹介してきた。確かに「わかっていることはほんの一部である」けれども解決に向けて光明が差し込んでいることも事実である。

ケミレス認証規準はその光明の核心にある。わかったことを基に、今使えるツール、例えばTVOC測定、放散試験、部分放散試験(発生源特定)、MSDS(※注2)による部材選定スクリーニング、換気技術、施工ノウハウなどを駆使すれば、“ケミレス”な室内空間の実現が可能なことをケミレスタウン・プロジェクトが証明してみせたことの意義は非常に大きいと言えよう。

世界に類をみないケミレスタウン・プロジェクトを発案され、チームを率いた森教授と戸髙准教授、教室のスタッフの方々、また、プロジェクトの趣旨に賛同され、モデル住宅の建設や部材開発に取り組まれた共同研究参画企業各社のご努力に深く敬意を表します。
 


注1:米国で化学物質過敏症患者のスクリーニングのために開発された問診票のこと、 Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory の略
注2:「化学物質安全性データシート」、または、「製品安全データシート」のこと、化学物質や化学物質が含まれる原材料などを安全に取り扱うために必要な情報を記載したものMaterial Safety Data Sheet の略


新たな段階に入ったシックハウス問題 (シリーズ全4回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第4回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第3回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第2回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第1回)

お電話でのお問い合わせ