2020.09.16
2020年9月16日
一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
環境検査部 環境試験品採取チーム 山賀 健治
もうかなり昔となってしまいましたが、住居内等での室内空気汚染に由来する様々な健康障害が問題となりました。それは、シックハウス症候群と呼ばれ、もっとも大きな原因は、化学物質を放散する建材・内装材などの使用による室内空気汚染です。様々な化学物質で汚染された室内空気環境により、居住者に頭痛や吐き気、目の痛み、めまい、平衡感覚の失調、呼吸不全、疲労などの様々健康障害を引き起こします。
当院では、その室内化学物質の検査を行っており、私もこの分野の仕事に携わっていますので、室内化学物質の事を私の経験を踏まえつつお話させていただきたいと思います。
1990年代頃、日本の住宅は、快適性や省エネルギー性をすすめる中で高気密・高断熱化してきた結果、室内における化学物質の空気汚染が問題となりました。そこで厚生労働省は、快適で健康的な室内空間を確保する目的に室内濃度指針値を設定しました(表1)。
現在設定されている物質は以上ですが、最後の物質が設定されたのが2002年です。数年前、これに新たな物質を加える動きがありましたが、建築業界の猛反対にあったのか、取り止めになりました(キシレンの指針値のみ変更)。
その他の関連法規としては、文部科学省管轄の学校保健法(表2)、検査は任意ですが、国土交通省の住宅性能表示制度(学校保健法よりパラジクロロベンゼンを除いた5物質)、厚生労働省の建築物衛生法(ホルムアルデヒドのみ)などがあります。
厚生労働省の指針値を守るべく、建物を建てた後、改修した後などは、室内の化学物質検査を実施し、指針値内であることを確認して引き渡しているのが大部分だと思います。しかしながら、私の経験上ですが、全項目を検査していることはほとんどありません。
では何を検査しているかというと、学校保健法の規制物質からパラジクロロベンゼンを除いた5物質か、それにアセトアルデヒドを加えた6物質です。それ以外の物質は、そもそも使用禁止の物質であり、検出されることがほぼないだろうとの観点から実施を見送っていると思われます。
では、検査をするかしないかのパラジクロロベンゼンとアセトアルデヒドの事を説明します。
パラジクロロベンゼンは、学校の検査で実施することがありますが、今現在はこの物質の学校での使用は禁止となっています。40歳以上の方ならご存知かとおもいますが、昔、男性用トイレの便器の中によくあった芳香剤です。あとテレビコマーシャルでもよくやってましたタンスの中等に入れる防腐剤です。
アセトアルデヒドは、厚生労働省の指針値が厳しすぎるため、WHO(世界保健機関)が誤って定めた許容濃度(後に50→300㎍/㎥に訂正)に準拠しているだけではないかと騒がれましたが、最初に定めた指針値のままです。昔から柔軟な対応ができない国家体質は変わってないような気がしますが…。
また、指針値が厳しいと言ったのは、アセトアルデヒドは、自然素材である木からも放散する上、お酒を飲んでもはき出されるという物質だからです。
このような理由から、学校保健法や住宅性能表示制度では、アセトアルデヒドは規制対象物質から除外されているのかもしれません。
次に指針値についてですが、どの物質も1立方メートルあたりマイクログラム以下という値です。1マイクログラムは100万分の1グラムですから、相当少ない量です。では現在、指針値を超える物質とはどんなものがあるのでしょうか。
私の経験上の話ですが、まず、どの物質も指針値を超過すること自体が少ないです。超えるとすると、トルエンかアセトアルデヒドが多く、ごくたまにスチレンが超過します。
トルエンは工事後すぐに測定したり、測定している周りで別の工事をしていると超過することがあります。トルエンは塗料や接着剤など色々なものに使用されています。比較的すぐ揮発して無くなる物質なので、ある程度時間が経ってから再測定すれば指針値はクリアします。
アセトアルデヒドは前述したような理由もありますし、接着剤や防腐剤剤、香水などでも使用されています。もちろん、影響するといけないので、測定する前日はお酒を控えます。
みなさんが1番聞き覚えのあると思われ、指針値設定の最大の要因ともなったホルムアルデヒドについてですが、新築後や改修後に測定しても指針値超過することはほぼありません。これは、当初1番問題になった物質であり、その後、建築基準法などにより使用制限がされているためと考えられます。
しかしながら、意外に思うかもしれませんが、古い学校ではいまだにホルムアルデヒドが指針値を超過するところが少なくありません。学校環境衛生基準では、基準値を大幅に下回るまで定期的にホルムアルデヒドの検査をしなくてはいけません。なので、何年も同じ所を検査している自治体もあります。
というのも、古い学校の建築・改修当時は、ホルムアルデヒドの使用制限もなかったため、合板の接着剤など多くの建材で多量に使用していました。合板の中などで使用されているため、すぐには揮発せず、長年かけて徐々に揮発して減少してくるという感じです。
ただ、実際に授業を受けている時も基準値を超過する量が出ているというわけではありませんのでご安心下さい。これは、測定する条件が高温な時期で、窓や扉等は締め切りで化学物質が飽和するような最悪な条件下で測定するためです。いずれにせよ、古い建築物ほどホルムアルデヒドに関しては、基準値を超過するような量がくすぶっているということになります。
では、化学物質が室内にあると何がいけないのでしょうか。
最初にも書きましたが、化学物質による室内の空気汚染等により居住者等に様々な体調不良が起きます。頭痛めまいや吐き気など、症状は多岐にわたります。
濃度が指針値以下であれば大丈夫というわけでもありません。人によっては、指針値以下の濃度でも体調不良になることもありますし、化学物質過敏症という体質になると、一般の人が反応するよりかなり低い濃度で激しい症状が出たりします。ひどい人になると、化学物質はどこにでもありますから、外も出歩けなくなるほどです。それとは逆に指針値以上の濃度でも無症状の人もいます。コロナウイルスにかかっても、無症状の人がいるのと同様なようなものでしょうか。
とは言っても、指針値は人がその濃度を一生涯にわたって摂取しても、健康への有害な影響は受けないであろうと判断される値なので、指針値以下の建物であることは重要であると考えます。
表1のように、指針値が設定されているものは13物質だけです。化学物質は日本国内だけでも5万種類以上あるといわれてますので、まだまだ人に有害な物質はありそうです。今後、指針値が設定される物質が増える可能性は十分ありえるでしょう。
化学物質とは、利便性や効率化を求め過ぎた結果、逆に人を危険にさらしてしまうものなのかもしれません。コロナウイルスと同様に、今後新たに危険な化学物質が生まれるかもしれません。
自分は平気でも、ご家族、特にお子様がいらっしゃる家庭は、自分の住んでいる家には化学物質の危険性があることを認識して下さい。今まで住んでいて大丈夫だから安心というわけではありません。改築や新しい家具を購入して具合が悪くなる場合もあります。お子様が化学物質過敏症になってしまったら悲惨です。
また、室内には化学物質以外にもダニや真菌なども人に害をあたえる可能性がありますので注意して下さい。
怖いことを言いましたが、今現在は、どんなものでも化学物質の量も抑えられているでしょうし、化学物質過敏症を発症するのはレアケースだと思いますが、そういう危険性もあるのだと、頭の片隅にでも入れておいていただけると幸いです。
また、指針値物質の説明は数種類しかしてませんので、興味のある方は、他の物質もどんな用途に使用されているかなど調べてみて下さい。