ウエルシュ菌食中毒物語
1. 不思議な芽胞形成とウエルシュ菌による人への病原性

2024.07.30

2024年7月30日
(一財)東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武

まえがき

地球上に生息する人を含めてあらゆる動物は酸素を利用して生きていくことが当たり前であるが、微生物の世界においては遊離酸素が生命を脅かし、酸素の存在が有害に働くために、酸素のない環境でなければ生きていけない細菌があり、これを嫌気性細菌と呼んでいる。
嫌気性菌の発見は意外と古く、1861年に細菌学の父と呼ばれるパスツールが初めてその存在を発表した。その後コッホ研究所で研究していた北里柴三郎が病原嫌気性菌の代表である破傷風菌(Clostridium tetani)の嫌気培養に世界で初めて成功した。その後1892年にウィリアム・ウェルチらがヒトの死体から嫌気性菌であるウエルシュ菌を初めて分離した。その後にも様々な研究者によりガス壊疽等の患者などからウェルチらが報告した菌と同様の嫌気性菌が分離され、報告者が様々な菌名を付けたが、国際的な分類規約により1898年に属名Clostridiumu属、菌種名perfringens(パーフリゲンス)とされた。
国内では国際的な呼び名である「パーフリゲンス」よりはこれまでに長年親しんだ最初の発見者の名前から和名による細菌学名を「ウエルシュ菌」とし、厚労省の食中毒統計や食品安全委員会でも和名「ウエルシュ菌」としている。

今でこそウエルシュ菌は世界に蔓延した重要な食中毒菌であるが、下痢症の原因菌であることが確認されるまでには困難かつ長い月日を要した。

1. 芽胞を形成する嫌気性のウエルシュ菌

ウエルシュ菌は大きな桿状の嫌気性細菌であり(図1)、好気的条件では発育できずに死滅する。嫌気的な環境では猛烈に分裂を繰り返すが、生息環境の悪化などの影響により菌体内に芽胞を形成(芽胞型)し、分裂をしない休止状態となる(図2)。

図1. ウエルシュ菌の電子顕微鏡像と芽胞

図2. ウエルシュ菌の芽胞形成と発育

この芽胞は酸素の有無にかかわらず好気条件や嫌気条件でも生命を維持する膜(コルテックス)により遺伝子が守られている。また芽胞の生命力は強く、南極の深部の土壌からもウエルシュ菌と同じ仲間のClostridiium属菌の芽胞が多数検出されていることから、芽胞は計り知れない年月を生存できる。また、遺伝子を包む膜(コルテックス)が100℃の加熱や乾燥、抗生物質、消毒薬などにも抵抗性が高く、容易には死滅しない。

ところが不思議なことに植物の種が水を吸収して発芽すると同様に、芽胞が加熱によるヒートショックやアミノ酸などの働きにより芽胞から発芽して栄養型(増殖型)の桿菌となり、2分裂を繰り返し、増殖する。(図2)。芽胞の状態では人に病気を起こさないが、栄養型の桿菌になり増殖することにより、臓器や組織に障害を与える毒素などが産生され、病気状態となる。例えば芽胞を作る破傷風菌は創傷感染により組織に侵入し、嫌気環境で芽胞が発芽し、神経麻痺を起こす毒素を産生する。ボツリヌス菌は缶詰などの嫌気的な食品内で芽胞が発芽し、ボツリヌス菌が増殖して、ボツリヌス毒素(神経毒)を産生して毒素型食中毒を起こす。ウエルシュ菌は創傷感染により組織が破壊され、嫌気状態となると発芽して桿菌となり各種の外毒素が産生され、ガス壊疽などの疾患となる。ウエルシュ菌はまた、食品媒介により腸管で特殊な下痢毒を産生して下痢症を起こす。

芽胞を形成する病原細菌は嫌気性菌以外にも好気的な環境で生息するバチルス(Bacillus)属に分類されるセレウス菌、炭疽菌などの病原菌以外に、枯草菌など多数の食品汚染菌種や発酵食品に関与する納豆菌などが知られている。その他には表1に示す芽胞を形成する各種の細菌がある。

表1. 主な芽胞形成細菌の各属と性状

これらの菌の芽胞の耐熱性は菌種や菌株ごとにより異なる。また、これらの嫌気性菌や好気性菌の芽胞は世界中の耕地、河川、池、海などあらゆる土壌に常在する細菌である。一方、人や動物の病原性芽胞形成菌以外に食品の腐敗に関与するAlicyclicbacillus属菌などの芽胞形成菌は食品を腐敗させ、食品の品質劣化を招き問題となることがある。

2. ウエルシュ菌の病原性

前述したように、ウエルシュ菌の人に対する病原性は大きく分けて
1) 創傷感染による人や動物のガス壊疽あるいは毒素の作用により各所の腸組織が障害を受ける
2) 食品を媒介とし、腸管に作用する感染型食中毒(下痢症)
の2つがある。

1)ガス壊疽などの炎症

当初、18~19世紀頃はウエルシュ菌が創傷感染により人や動物の組織が障害を受け嫌気的条件となり、組織内で猛烈に増殖すると各種の外毒素が産生され、これらの外毒素により、組織が障害を受け、ガス壊疽となり、死亡する恐ろしい病原体であった。
戦時中は銃弾とともに損傷した皮膚から土壌にいるウエルシュ菌や類似の嫌気性菌が体内に入り、組織の損傷や血液の停滞により嫌気的環境となり、ガス壊疽やガス蜂窩織炎等の疾患となって、重症化し多くの人びとが死亡した。従ってこの時代にはウエルシュ菌が産生する外毒素の研究が隆盛を極め、多くの外毒素が解明され、ガス壊疽の治療のための抗毒素やワクチン等の開発も進められていた。表2に示すごとく産生される外毒素の種類の違いにより1931年にはウエルシュ菌がA型、B型、C型、D型、E型に区別された。

表2. ウエルシュ菌の毒素型による分類 (Clin.Microbiol.Rev,1990,66)理点

人のガス壊疽の病原体はA型ウエルシュ菌が主体で、B~E型は羊、山羊、牛など動物の疾患に関与することから動物型とも呼ばれた。アルファ(α)毒素はウエルシュ菌が産生する主毒素(レシチナーゼ)であり、A~E型までのすべてのウエルシュ菌が産生する毒素である。ガス壊疽にはウエルシュ菌以外の様々なClostridiumu属菌も関与するが、ガス壊疽の70~80%がウエルシュ菌によって引き起こされた。近年では交通事故や工事現場、戦場などで創傷感染を起こしても感染初期のペニシリンなどの抗生物質による適切な治療、抗毒素治療、外科手術などにより治癒し、ガス壊疽などの重症な疾患は極めて稀になってきた。

2)食中毒(感染性下痢症)

1945年頃からウエルシュ菌による食品媒介の食中毒事例が英国などでしばしば報告されてきたが、ウエルシュ菌は創傷感染によるガス壊疽の重要な病原体であり、外毒素の腸管への作用により下痢症に関与することはとても考えられないことから、専門の細菌学者からもほとんど賛同が得られなかった。しかもウエルシュ菌はヒトの腸管の常在細菌であることから、ガス壊疽などの創傷感染以外の疾患、ましてや食品媒介の食中毒の病原体であることを信じる専門家は国内においても皆無であった。
ところが1950年頃から英国において肉スープ、豚肉や鶏肉料理などによるウエルシュ菌食中毒例が報告されてきた。1953年には英国のHobbsらがウエルシュ菌は創傷感染以外に食品を媒介として食中毒を起こすことを明確にし、ウエルシュ菌食中毒の黎明期を迎えた。Hobbsらは英国において1949~1952年の4年間にロンドンを中心に23例のウエルシュ菌食中毒の患者の症状や食品媒介の機序など詳細な報告をした。Hobbsはウエルシュ菌の従来からの毒素型による分類に拘泥せずに、食中毒を起こすウエルシュ菌を血清型や芽胞の耐熱性から整理した新たな考え方も導入した。主な事項は下記のごとくである。

ヒトの腸管に常在するウエルシュ菌芽胞は耐熱性が低く、多くが100℃、10分で死滅するが、食中毒の原因となったウエルシュ菌芽胞は100℃、1時間の加熱にも耐える「いわゆる耐熱性ウエルシュ菌」が原因となること。著者も芽胞の耐熱性を検討したところ、図3に示すごとく食中毒由来のウエルシュ菌の芽胞は70~90℃、1時間の加熱では全くダメージを受けない。100℃では徐々に死滅していくが、1時間の加熱でも多くの芽胞が生残している。

図3. ウエルシュ菌食中毒由来菌株(H型13)芽胞の耐熱性

原因食品からは少なくとも105個/g以上のウエルシュ菌が検出されること。

血清型による分類は大腸菌やサルモネラなどの腸内細菌について広く応用されてきたが、ウエルシュ菌のようなグラム陽性菌の細胞壁には血清型分類は不可能であるとされてきた。しかし、Hobbsらは食中毒由来のウエルシュ菌の血清型(ホップス型:H型)を開発し、初期ではH1~8型に分類したがそれ以降に追加され、現在は17型の血清型がある。

患者の糞便から検出されるウエルシュ菌は特定な血清型に型別され、原因食品由来株と患者由来株は同一血清型であることを指摘した。

これまでに明らかにされたガス壊疽に関わる外毒素ではない新たな毒素の関与を示唆した。

当時の英国の食中毒統計ではサルモネラ属菌食中毒が最も多く、次いでブドウ球菌食中毒、3番目にウエルシュ菌食中毒 年間80~100件の報告が見られた。
なお、前述の毒素型による分類からは「α毒素」のみを産生することから、食中毒を起こすウエルシュ菌を「A型ウエルシュ菌」と呼ぶこともある。

3. 食中毒由来ウエルシュ菌による人体感染実験

一方、1957年にDischeらは人体感染実験からウエルシュ菌の下痢原性を証明した。Hobbsらが食中毒から分離したウエルシュ菌を嫌気培地で培養し、1.3×109個を18名に経口投与したところ、5~21時間の潜伏時間後に16名が下痢や腹痛を呈した。芽胞を形成していない同じ培養液を100℃、10~15分加熱した死菌液、あるいは培養液を濾過し、菌体を除去した濾液(外毒素を含む液)を投与した場合には発症しないことを確認した。この実験からウエルシュ菌が産生する各種の外毒素は下痢原性因子であることが否定された。生きた菌の感染によること、すなわち感染型食中毒であることを明らかにした。
ただし、胃腸炎を起こす病因物質については当時の研究からは解明できず、1970~1971年に腸管内でウエルシュ菌が産生する腸管毒「エンテロトキシン」の報告まで待たねばならなかった。

さらに、食中毒に関与するウエルシュ菌はHobbsが提唱した耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌であったが、その後100℃、10分の加熱で死滅する易熱性芽胞形成ウエルシュ菌による事例も報告されてきた。

4. 風土病と考えられるC型ウエルシュ菌による壊死性腸炎

国内での発生は確認されていないが、1945年にドイツにおいて一時期にC型ウエルシュ菌による死亡例の高い壊死性腸炎が認められた。その後にパプアニューギニアの原住民が発症したPig belと呼ばれる激しい症状を示す壊死性腸炎疾患もC型ウエルシュ菌が関与する病気である。発症機序もウエルシュ菌食中毒とは異なり、腸管に常在するC型ウエルシュ菌が外毒素であるベータ(β)毒素の作用により発病するのであろう。
感染機序については諸説あるが、蛋白質に乏しい澱粉質を大量に含んだ食品(芋類)を喫食することにより腸内環境が乱れ、C型ウエルシュ菌が異常に増殖して起こる風土病であると考えられている。

おわりに

混沌としていた時代にウエルシュ菌食中毒を解明したHobbs博士の業績は偉大である。Hobbs博士の報告後、日本を含め全世界にウエルシュ菌食中毒の重要性が認識され、多くの食中毒事例の報告や研究が拡大していった。著者が研究所に就職した若い頃にHobbs博士は元東京都立衛生研究所を訪問され、微生物部長の善養寺博士と面談され、講演されたことがあった。その折に著者も紹介されたが、背が高く、温厚な女性研究者のイメージが今でも思い出される。

Hobbs博士は細菌性食中毒とその制御の専門家であり、初版が1953年に出版(1987年に第5版、以降再販)された名著である「Food Poisoning and Food Hygiene」は当時の食中毒菌の細菌学と生産から消費までの衛生管理が説明されており、今思うにHACCPの考えが導入された成書である。著者は 若い時に感動して何度も読み返し、図示された食中毒の感染経路を自分ながらにアレンジして講演用のスライドを作っていた。Hobbs博士は人類愛に邁進され、晩年には研究生活から離れ、インドなどでキリスト教の伝道師の道を歩んだと聞き及んでいる。

参考資料

Hatheway,D.: Clin.Microbiol.Rev., Jan. 66, 1990
Hobbs B.C. et al: J Hyg., 51, 75, 1953
Dische.,F.E., et al: Lancet, 6987, 71, 1957

2. わが国におけるウエルシュ菌食中毒の解明

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