ウエルシュ菌食中毒物語
2. わが国におけるウエルシュ菌食中毒の解明

2024.10.28

2024年10月28日
(一財)東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武

1. 不思議な芽胞形成とウエルシュ菌による人への病原性 から続く

英国のHobbsらは、誰も想定していなかったことであるが、ロンドンで発生する食中毒事例から、ウエルシュ菌が食中毒の原因となることを世界で初めて明確にした。すなわち100℃、1時間の加熱によってさえも死滅しない耐熱性芽胞形成の菌であることを発見しただけでなく、ウエルシュ菌の疫学解析の手段として菌体表層抗原に特異性を見いだし、血清型別法の開発も行ったのである。一方、当時日本国内でもウエルシュ菌はガス壊疽の主要な病原菌であり、下痢症に関与するとは誰も考えていなかった時に、Hobbsの論文を真摯に受け取った日本人研究者がいた。

国内におけるウエルシュ菌食中毒の黎明期

1957年に山口県衛生研究所の研究員、山縣 宏は「サバの塩焼き」により11名が発症した食中毒の患者からウエルシュ菌を分離し、分離株は英国で発生したHobbsの血清型の6型であることをつきとめ、国内での初めてのウエルシュ菌食中毒を報告した。1959年には嫌気性菌であるボツリヌス菌の検査を手がけていた北海道衛生研究所の中村 豊らが「茹でイカのあずまあえ」による1,158名の大規模食中毒、また同年に「サバのみそ煮」によって46名が発症したウエルシュ菌食中毒を報告した。

その後5年間に栃木県、兵庫県、長崎県、岐阜県、山口県で計7事例のウエルシュ菌食中毒が明らかにされ、特定の地域でなく国内に広く認められる食中毒であると考えられた。しかもこれらの10事例のうち7事例の食中毒から検出されたウエルシュ菌はHobbsが提唱した血清型に該当することが判明し、国際的な分布の広がりが示唆された。ただし英国の原因食品は食肉調理食品がほとんどであったが、国内では、加熱魚介類やその加工品(カマボコ)であった。

東京都におけるウエルシュ菌食中毒の取り組み

著者が東京都衛生研究所に就職して間もない頃、山縣らの報告を受けウエルシュ菌の検査を開始した。当研究所にはHobbs博士から分与された血清型標準菌株(1~13型)が保存されていたことから、まず初めにHobbsらの報告に従い家兎を使ってウエルシュ菌の血清型別用血清の作成を行っていた最中に、はからずも1963年9月20日、仕出し弁当の「クジラ肉の甘煮」を原因食品とし、1,968名中1,491名が発病した大規模食中毒に遭遇した。原因食品からはHobbsの血清型4が検出されたが、患者の加熱糞便(100℃、1時間)からは1型と4型が検出されたことから、両菌型の耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌を原因菌とした食中毒であると結論づけた。その後1969年までに東京都では計9事例の耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌食中毒を明らかにすることができた(表1)。

表1. 東京都で発生した耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌による食中毒 1963~1969年

ウエルシュ菌食中毒の患者情報と原因食品:
明らかにされた9事例の疫学的調査は各保健所の食品衛生監視員の積極的な努力により、患者における潜伏時間、症状や原因食品の調理工程から数々の新たな知見が判明してきた。

ウエルシュ菌食中毒の原因食品と加熱調理食品の保存状況
2事例の原因食品は「クジラ」や「アジ」であり、これまでの山縣の報告のごとく海産性魚類であった。6事例は英国の報告と同様に食肉(鶏肉)を原料とした加熱調理食品であった。これらの原因食品の調理工程は表2に示すごとく、いずれも加熱調理後少なくとも4時間から44時間にわたり室温に保存されていた。

表2. 原因食品の調理工程とウエルシュ菌検出

原因食品のスコッチエッグ、五目ご飯、鶏肉煮込みからは原因となったウエルシュ菌が103~6個/g 検出され、加熱調理食品が嫌気的条件となり、室温保存中に食品中でウエルシュ菌が増殖したと考えられた。事例3の原因食品は肉類を含まない「いなり寿司」であったが、味付けされ、加熱された600枚の「いなり」を寸胴鍋に入れたことで嫌気的な環境となったと考えられる。事例5は旅館の朝食と考えられたが、保存食がなく検査ができなかった。

患者糞便からのウエルシュ菌の検出状況
当時はウエルシュ菌検査法も確立されておらず、嫌気培養法も簡便な方法がないことから、元伝染病研究所発行の実習提要を参考にウエルシュ菌の検査を実施していた。患者糞便はHobbsらに従い、煮沸と60分間処理を行い、ツァイスラーのブドウ糖加血液寒天培地に塗抹し、嫌気培養を行った。1966年頃からは赤真らが開発したウエルシュ菌用分離培地であるカナマイシン加卵黄寒天培地を使用し、嫌気培養法はその後開発された室温で働く触媒(Deoxo)による簡便な嫌気培養を実施した。

9事例の患者糞便からは耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌が77~91%に検出された。検出された菌は、著者らが作成したHobbsの抗血清による型別を実施した結果、表1のごとく8事例はHobbsの血清型に該当した。すなわち国内で発生したウエルシュ菌食中毒の原因菌の多くは英国で発生している血清型と同じ型が分離された。ただし、Hobbs型に該当しない事例8由来株は後述するが、著者が開発した仮称TW型に該当し、Hobbs型以外にも新たな血清型による事例が確認された。 

糞便中の耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌の菌量:
原因菌となった患者糞便中の耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌を検討した結果、糞便1g中のウエルシュ菌数が103~6個であり、感染したウエルシュ菌は腸管内で大量に増殖していることが確認された。これらのことから、ウエルシュ菌食中毒は食品中で増殖したウエルシュ菌が、腸管内でさらに増殖し、下痢、腹痛などの症状を起こすこと、腸管内で100℃、60分の加熱にも耐える芽胞を形成していることが確認された。

健康者の耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌の保菌状況と血清型
その当時、ウエルシュ菌は健康者の常在細菌であること、しかも100℃、60分間の加熱にも抵抗する耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌も健康者から検出されることから、多くの専門家から疑問視する意見があった。食中毒を決定するためには健康者が保菌するウエルシュ菌の情報を正しく把握する必要があり、保菌状況や菌量、分離株の血清型などの解析が必要となった。

健康者における耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌の保菌率:
東京都内の6~11才の小学生362件中54件(14.9%)、15~17才の中学生350件中40件(11.4%)、20才以上の成人379件中67件(17.4%)から耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌が検出され、健康者でも耐熱性ウエルシュ菌を保菌していること、その内、39.5%がHobbsの血清型に該当することが判明した。ただし、半数以上の菌株はHobbs型には該当しないこともわかった(表3)。健康者の保菌するウエルシュ菌は都会と地方など生活環境や年齢により異なることも報告されている。例えば著者らがタイ国の小学生で耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌の保菌率を調査したところ60%と高いことを経験している。

表3. 東京都内の健康者からの耐熱性芽胞形成ウェルシュ菌検出と血清型

Hobbs型に該当しないウエルシュ菌の血清型別
Hobbs型に該当しない健康者由来菌の耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌株を対象に、家兎を用いて免疫血清を作成し、新たに56の血清型(TW型)に分類することができた。この血清型を用いてHobbsの血清型不明株について検討したところ55.4%がTW型に該当した(表3)。

健康者における耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌の保菌状況を、同一生活をしている高齢者施設の健康者について、血清型から検討したところ、同一血清型を長期間保菌することは否定された。すなわち、健康者の耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌は、常に入れ替わっていることが判明した。しかも同一施設内での生活者であっても様々な血清型のウエルシュ菌を保菌していた。
ウエルシュ菌食中毒が英国と同様に国内にも発生していることが確認されたことから、元厚生省は1983年にウエルシュ菌食中毒発生を認め、全国的にウエルシュ菌検査を普及させ、食中毒統計にも報告するようになった。ウエルシュ菌食中毒の発生状況は図1に示すごとく年間10~40事例、患者数も多いときには年間約4,000名であり、重要な食中毒菌であることが判明した。

1. ウエルシュ菌食中毒の発生状況

耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌の病原性とエンテロトキシン

ウエルシュ菌の下痢原性の病原因子は長らく解明できなかったが、1971年にDuncanらはウエルシュ菌の下痢原性因子としてこれまでに報告されてこなかった新たな腸管毒素のエンテロトキシン(CPE)を発見した。この毒素は腸管内に感染して、腸管内で産生する毒素であり、通常は原因食品内では毒素を産生しない。図2に示したごとく腸管内で芽胞を形成する過程で産生される毒素である。著者らが過去に明らかにした食中毒株はいずれもエンテロトキン産生株であることを追試できた。

図2. ウエルシュ菌の芽胞形成とエンテロトキシンの産生

また、著者らはサルへのウエルシュ菌投与実験によりこの毒素の作用により下痢が発症することを確認した。また、発症サルや食中毒患者の初期の排泄便からも病原因子であるエンテロキシンが検出されたことから(表4)、ウエルシュ菌の糞便検査に菌の検出法と併せてエンテロトキシン(CPE)の検査法を提案した。

表4. 患者の病日と糞便中からのエンテロトキシン検出

初期の頃では100℃、60分の加熱でも死滅しない耐熱性芽胞形成菌が原因菌となったが、その後少数例ではあるが100℃、60分の加熱で死滅する易熱性芽胞形成ウエルシュ菌もエンテロトキシンを産生し、食中毒の原因菌となることを指摘してきた。さらに著者らは従来のエンテロトキシン(CPE)ではない新しい下痢毒素であるイオタ様エンテロトキシン(CPILE)を産生する耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌も発見した。これらの新たなウエルシュ菌による食中毒例は希であるし、患者の潜伏時間や症状は耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌と同様である。

おわりに

腸管内に常在するウエルシュ菌と食中毒を起こすウエルシュ菌との違いを病原因子や血清型などから特定することができたことから、日本におけるウエルシュ菌の食中毒の全貌が明らかになった。特にHobbsの血清型別は検査で重要であることから、著者はHobbs型の培養液をメーカーに提供し、メーカーはHobbsの型別用血清を市販した。さらに著者らのTW型56以外にも、英国や米国で独自の血清型が提唱されてきたことから、3者で国際的な血清型別法を確立するための作業が始まったが、担当者の異動などにより確立できなかったことは心残りである。

参考資料

善養寺 浩ら:食品衛生学雑誌、11,282,1970
伊藤 武:東京都立衛生研究所年報、24,7,1972
伊藤 武ら:感染症学雑誌、53,409,1979
Duncan C.J., & Strong D.H., Inffec. & Immun., 3, 167, 1971

3. ウエルシュ菌食中毒の発生の仕方と予防対策

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