2024.12.02
2024年12月2日
(一財)東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武
1980年代初頭からは国内においてもウエルシュ菌検査法が確立し、Hobbs型の診断用血清も市販化されてきたので、食中毒の検査にウエルシュ菌が導入され、ウエルシュ菌食中毒の全貌が明らかにされてきた。今回はウエルシュ菌食中毒の原因食品の特徴と食品内におけるウエルシュ菌増殖態度及び予防の要点について述べる。
ウエルシュ菌は乾燥や環境に抵抗性の高い芽胞を形成して、あらゆる地域の土壌中に分布していることからヒトや家畜、家禽、野生動物の腸管内に保有されており、家畜や鶏はと畜場や食鳥処理場で解体される過程で食肉がウエルシュ菌汚染を受ける。また河川や湖、海の泥土にも分布していることから、魚介類も広く汚染している。例えば表1のごとく食肉類ではウエルシュ菌汚染率が17~98%と高いし、生魚でも23.6%である。耕地にも分布することから、農産物や香辛料にもウエルシュ菌芽胞が存在している。米国のデータでは香辛料のウエルシュ菌の汚染率が18.8%である。ただしこれらの食品から検出されるウエルシュ菌のすべてが食中毒を起こす病原菌ではなく、検出菌の数%から10数%が病因物質であるエンテロトキシン産生菌であり、食中毒を起こすウエルシュ菌は限られている。
表1. 食肉、魚介類、野菜などのウエルシュ菌汚染
加熱でも死滅しない:
食中毒を起こすウエルシュ菌はほとんどが100℃、60分以上の加熱でも死滅しない耐熱性芽胞形成菌である。図1は食中毒由来のウエルシュ菌芽胞の加熱時間と菌の生存を示した実験成績である。90℃加熱では60分後でもすべてが生残、100℃・60分の加熱では少々死滅するが大部分の芽胞は生存している。
ただしウエルシュ菌食中毒は希ではあるが、100℃・1時間の加熱では死滅するが、100℃・10分程度の加熱には抵抗する易熱性芽胞形成ウエルシュ菌が原因となることもある。
図1. 耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌 (血清型:Hobbs13)の耐熱性
原因食品の特徴:
腸炎ビブリオ、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌食中毒は生の肉類、魚介類、肝臓などが原因食となることがしばしばある。ノロウイルス食中毒はカキなど二枚貝の生食による事例が多い。
しかし、食肉・魚肉、野菜などの生の食品中では嫌気的環境にならないためウエルシュ菌が増殖できず、原因食となることは全くない。加熱された食肉類や魚介類およびそれらの惣菜で、加熱により酸素が放出し嫌気的条件が保たれるし、肉類に多く含まれる還元物質であるグルタチオン(グルタミン酸、システィン、グリシン)の働きにより高い嫌気度が保たれ、食品中で大量にウエルシュ菌が増殖する。野菜類にもグルタチオンは含まれるが、その量は少ない。しかし、肉類や肝臓のグルタチオンは野菜類の10倍高い量であることから、肉類が含まれた惣菜などがより嫌気的になると考えられている。なお、1960年代頃では嫌気性菌用の優れた培養基がなく、グルタチオン含有量の多い肉片や肝臓片を加えた嫌気用培地(チョップドミート培地や肝片加ブイヨン)がウエルシュ菌の発育培地として利用されていた。
表2に東京都で発生したウエルシュ菌食中毒の原因食品を示した1)。原因食品は鶏肉、豚肉、牛肉などの食材を用いた加熱惣菜や魚介類の加熱調理食品、スープ類である。具体的には鶏肉と野菜の煮物、筑前煮、チャーシュー、八宝菜、ローストビーフ、カレー、各種のスープ等である。これらの原因食品からはウエルシュ菌が103~108個/g検出され、食品中でウエルシュ菌が増殖したことが伺える。
表2. 原因食品の調理工程とウエルシュ菌検出
芽胞から桿状の細菌に変化し、増殖を開始するためには第一ステップとして芽胞が発芽しなければならない。ウエルシュ菌は加熱ショック(ヒートショック)により発芽し、桿状の菌となって増殖を開始する(図2)。なお発芽条件は加熱以外に、食品に存在するアミノ酸や核酸系物質やカルシウムイオンなど無機物も必要であると考えられている。
図2. ウエルシュ菌のライフサイクル(模式)
食品内でのウエルシュ菌の増殖
発芽したウエルシュ菌の食品内での増殖には嫌気度と温度条件が大きく関与する。ウエルシュ菌の増殖可能温度域は18℃~50℃である。発育最適温度は45℃であり、この温度では増殖速度が速く、10分で倍に増える。サルモネラや大腸菌などの菌は最適温度の35℃~37℃でも倍になるまでの分裂時間は20分を要することから、ウエルシュ菌は短時間で増殖する特徴があると言える。
加熱調理食品を放冷する間に、耐熱性ウエルシュ菌が猛烈に増殖する。図3は鶏ガラス-プに接種した耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌(エンテロトキシン産生菌)の増殖態度である。この実験では15℃でも少し増殖、25℃~42℃では猛烈に増殖した2)。
図3. 鶏ガラスープ中におけるエンテロトキシン産生ウエルシュ菌(NCTC8329)の増殖
図4はKallowski3)の七面鳥肉の各種温度でのウエルシュ菌の増殖態度である。43.3℃や48.9℃でも猛烈に増殖している。食品内のウエルシュ菌は増殖に伴い炭水化物やブドウ糖などが分解され、pHが酸性になることから、食品内では芽胞を形成しないと考えられている。
図4. 各種温度条件に保存した加熱七面鳥肉(1%食塩添加)におけるウエルシュ菌の増殖
図5. ウエルシュ菌食中毒の起こり方
食品に汚染した耐熱性のウエルシュ菌芽胞が加熱処理により発芽し、その後嫌気的条件が備わった加熱食品が室温に保存され、50℃以下になると猛烈に増殖する。大量にウエルシュ菌が増殖した食品を喫食すると、小腸内に到達したウエルシュ菌は腸管内の環境により芽胞形成が始まる。腸管内で芽胞が形成されると、下痢を起こす病原因子であるウエルシュ菌のエンテロトキシン(CPE)が産生されて、下痢症状などが起きる。ウエルシュ菌患者の糞便を100℃、1時間の処理によっても糞便からウエルシュ菌芽胞が104~7/g個検出されるし、糞便からもエンテロトキシンが証明できる。腸管内に到達した桿状のウエルシュ菌が芽胞型に変身するメカニズムはpHや胆汁酸など各種の要因が関与すると考えられている。
なおウエルシュ菌のエンテロトキシンは標的の小腸上皮細胞に特異的に取り付き、細胞膜に孔を形成し、細胞の死滅となって下痢などを発現すると言われている4)。
汚染防止:牛肉や豚肉へのウエルシュ菌汚染防止は、と畜場での直腸結紮などによりある程度の低減化は可能であろう。魚介類の体表へのウエルシュ菌防止は、洗浄工程である程度の低減化ができる。野菜などの農産物も、洗浄工程によりある程度の低減化は可能であろう。但し、これらの食材からウエルシュ芽胞を完全には除去できないことから、これらの食材には常にウエルシュ菌芽胞の汚染を考慮しなければならない。
加熱対策:食中毒を起こすウエルシュ菌芽胞は100℃・60分の加熱によっても生残することから、通常の加熱調理温度では芽胞は死滅しない。
増殖防止:図6は鶏肉に耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌を接種し、加熱後そのまま自然放冷と加熱後に急冷した際のウエルシュ菌の増殖態度を調べたデータである。自然放冷では7時間で20℃に温度を低下させた。鶏肉内のウエルシュ菌は4時間後から増殖が認められ、その後3時間で107個となった。一方、加熱後2時間で25℃に急冷した場合には、ウエルシュ菌の増殖が殆ど認められなかった。
図6. 加熱鶏肉の温度の降下とエンテロトキシン産生ウエルシュ菌(NCTC8239株)の増殖
自然放冷では放冷3時間頃から増殖が起こる
加熱後2時間で25℃に冷却
5時間後でも殆ど増殖しない
これらのデータから、加熱後冷却する場合には大量調理衛生管理マニュアルに示された冷却は適切であると考える。即ち、加熱後50℃から30分で20℃に冷却、或いは50℃から60分で10℃に冷却すること。米国の指導では、2時間以内に57℃から21℃に冷却、或いは6時間以内に57℃から5℃以下の冷却としている。
なお、学校給食衛生管理基準では加熱惣菜は2時間以内に喫食、最も危険な前日の加熱調理は禁止としている。野菜などの和え物は加熱調理後、冷却機での急速冷却或いは水冷による20℃以下の冷却が義務化され、必ず中心温度を確認することとされている。
食品中で増殖したウエルシュ菌は通常芽胞を形成していないことから、喫食前に100℃・15分間の加熱によりウエルシュを死滅させる対策も有効であろう。
この項を記載するに当たり常に疑問としたところを述べる。食品中ではウエルシュ菌が増殖しても芽胞が形成されないことは定説となっている。しかし、食品内のpHや食材などの影響により食品のpHが酸性にならなければ芽胞形成が起きることもありうるだろう。著者らは耐熱性芽胞形成ウエルシュ菌を鶏肉に接種し、各種の温度条件に保存して、様々な検討をしていたところ、一部の実験では食品内で芽胞が形成され、食品内からエンテロトキシンが検出されたデータを得ている。その際の食品の成分やpHの変動を検討しなかったことが痛恨の失敗ではあるが、海外の報告でも同様な事例が記載されており、このデータが正しいのであるならば、時には食品内でエンテロトキシンが産生され、毒素型による食中毒を起こすかも知れない。ただし、エンテロトキシンは酸性に弱く、食品内のエンテロトキシンは一部は胃酸により不活化されるであろう。ウエルシュ菌食中毒で、患者の潜伏時間が3時間程度の際には食品内のエンテロトキシン検査を実施することも勧められる。
ウエルシュ菌以外のセレウス菌などの芽胞形成菌は、寒天平板培地による3日以上の長期間培養により栄養成分などの環境の劣化の影響により芽胞が形成される。ところがウエルシュ菌の芽胞形成は培地内の栄養劣化により芽胞が形成される単純なものではない。これまでにも数多くの研究者により各種のウエルシュ菌芽胞形成培地が報告されたが、最も良好に芽胞を形成する培地はDuncan & Strongが開発したDS培地(液体培地)である。この培地の活用によりウエルシュ菌のエンテロトキシンの研究が急速に進展した。著者も初期の頃、ウエルシュ菌が腸管内で芽胞となることから、各種の糞便培地を試作して実験していたが、研究室が悪臭に満ちあふれ、他の研究者からは非難の嵐、浅はかな実験は大失敗に終わった。
1)伊藤 武ら:感染症内科、2,404,2014
2)伊藤 武ら:食衛生学会誌、30,123,1989
3)Kallowski RM et al: J Food Protec., 66,1227,2003
4)北所健悟ら:日本結晶学学会、55,223,2013