C型ボツリヌス菌によるヒトや野鳥の食中毒に関する物語
1. ヒト食中毒やカモなど野鳥の中毒

2025.04.22

2025年4月22日
一般財団法人 東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武

C型ボツリヌス菌によるヒトの食中毒はこれまでに外国での数例の報告しかないことから、ヒトには感受性が低いと考えられていた。ところが2025年2月10日に新潟県でヒトのC型ボツリヌス菌食中毒事例が報道され、国内ではこれで2事例目となった。

C型ボツリヌス菌は一般に広く知られていないが、世界各地の池、湖、海岸、海などに広く分布するボツリヌス菌で、カモなどの野鳥が中毒で斃死する。野鳥以外にはミンク、フェレット、豚、牛、犬、馬なども中毒となって死亡することがあり、C型ボツリヌス毒素は動物に感受性が高いと考えられている。

著者は過去に東京都内の中川を中心に野鳥のC型ボツリヌス菌の大流行を調査し、野鳥のボツリヌス菌中毒の感染経路を解明してきた。C型ボツリヌス菌のヒトへの食中毒と、野鳥のC型ボツリヌス菌中毒の発生状況や本菌の分布、ならびに将来へ警報すべきことについて綴っていく。

1. ボツリヌス菌とは

表1. ボツリヌス菌の毒素型と性状、感受性動物

写真1. A型ボツリヌス菌の電子顕微鏡像と芽胞

ボツリヌス菌は芽胞を形成するグラム陽性の桿菌で、周毛性の鞭毛を形成、嫌気的条件で増殖する。写真1にA型ボツリヌス菌の形態と芽胞を示した。
ボツリヌス菌の芽胞が嫌気的な食品(飯寿司(いずし)、レトルト食品など)で発芽・増殖すると強毒なボツリヌス毒素を産生し、ヒトに毒素型食中毒を引き起こす。この毒素の免疫学的特異性から、A型、B型、C型、D型、E型、F型、G型に分類される。A型、B型、E型は主にヒトの食中毒に関連し、C型は鳥類・ミンクなど、D型は牛などの動物の中毒に関わる。ボツリヌス毒素は強力であり、青酸カリの100万倍であるとも言われている。 

土壌中の分布には地域特性が認められ、国内ではE型菌が北海道や東北地方の湖、池あるいは海岸、そのほかには琵琶湖などの泥土に高い汚染が認められているが、A型やB型は国内の土壌からはほとんど検出されない。しかしA型とB型、F型は米国、カナダ、EU諸国、ロシアなどに広く分布する。

A、B、Fの各型菌は肉片など蛋白質を分解するが、国内に分布が高いE型菌はそれらを分解しない蛋白非分解菌である。
蛋白分解性のA型菌、B型菌及びF型菌の芽胞は微生物の中でも最も高い耐熱性を持ち、121℃、4分以上の加熱で死滅する。蛋白非分解のE型菌芽胞は100℃の加熱で死滅する。C型ボツリヌス菌芽胞の耐熱性はやや高く、100℃、15分である。

2. ヒトのC型ボツリヌス菌食中毒事例

国内では1951年からE型ボツリヌス菌による食中毒が多発していたが、1980年頃から原因食品となる飯寿司(いずし)など発酵食品へのHACCP対策により、著しく減少してきた。過去にはE型菌以外にA型菌やB型菌による食中毒事例が時々報告される一方、C型の事例は近年まで報告がなかったが、2021年と2025年にそれぞれ1事例ずつ計2事例が報告された。

表2. ボツリヌスC型菌による ヒトの食中毒事例

事例11)
2021年7月、熊本県の家庭において4名に胃腸炎症状のほか麻痺症状が認められ、検査したところ、これまでの既知の病原菌は検出されなかった。麻痺症状があることから、ボツリヌス菌の可能性が示唆され、嫌気性培養を実施したところ、患者の便から予想もしなかったC型ボツリヌス菌が検出された。
原因食品は市販の真空包装された惣菜であると考えられた。本製品は購入後室温に保存されており、嫌気的な条件で真空包装食品が保存された期間に、ボツリヌス菌が惣菜中で増殖し、毒素が蓄積されたことが推察された。

事例22)
2025年1月21日、新潟県の家庭において1名がボツリヌス中毒で医師の診断を受けた。麻痺症状があることから検査を実施した結果、はからずも糞便からボツリヌスC型菌とC型毒素が検出され、C型ボツリヌス菌による食中毒と考えられた。
喫食した食品は、密封包装された要冷蔵の惣菜を購入後、約2ヶ月間室温保存していたもの。密封包装のために嫌気的となり、室温で保存されていたことから、C型ボツリヌス菌が増殖したことが考えられた。

これら2事例とも、ボツリヌスC型菌の汚染経路について明確に解明できていない。

3. 野鳥のC型ボツリヌス菌中毒例

野鳥のC型ボツリヌス菌中毒事例は、古くは1910年ごろ、米国のユタ州の湖に生息する水鳥が大量に死亡した際に発見された3)
米国以外にスカンジナビア、英国、オーストラリア、南アメリカ、 オランダなど各国でも発生が認められ、世界中で広く発生している野鳥の中毒と考えられている。

国内においても1973年9月頃から東京都の中川流域のカモなどの野鳥が大量死した。初期ではカドミウムや水銀などの化学物質による被害と考えられたが、著者らによりC型ボツリヌス中毒であることが明らかにされた。

表3. 野鳥のC型ボツリヌス中毒集団事例

発生状況:
野鳥のC型ボツリヌス中毒は1973年10月から11月の間にカルガモ、コガモ、オナガカモ、ハマシギ、シロチドリなど115羽に確認された4)。しかし斃死したカモなどは河川により東京湾に流されたものが多数認められ、近隣の漁師からの聞き取り調査では約1,000羽以上であると推察された。写真2はC型ボツリヌス菌中毒に罹患し、羽などが麻痺して飛べなくなった状態のカルガモである。

写真2. 中川で捕獲した ボツリヌスC型中毒症状のカルガモ

斃死野鳥からのC型ボツリヌス菌の検出:
斃死したカルガモや小ガモなど33例中26例の筋胃内容物や血清から、C型ボツリヌス菌とC型毒素が検出された。
著者らは中川での野鳥のボツリヌス中毒を解明したが、石川らは同年に隣接する茨城県(菅生沼)、福田らは千葉県(合田沼)でもカモなどのボツリヌス菌中毒を明らかにしており、野鳥のC型ボツリヌス菌中毒がこの関東近隣にも広く蔓延していたことが分かった。その後も東京都(三宝寺池)、茨城県(千波池)、マガモの養殖場での流行も見られた。

感染経路の追求:
ボツリヌス菌は毒素型食中毒であることから、餌からの毒素の検出が重要である。野鳥が食べると推定された河川の泥土、イトミミズ、アオミドロ、マツモ、アシなどの12例からはC型ボツリヌス毒素は検出されなかった。斃死した野鳥の胃内にはギンバエの幼虫が多数認められ、5羽の野鳥に付着していたハエの幼虫からC型ボツリヌス菌と毒素が証明された。
ハエが媒介すると考え、中川で斃死した野鳥とギンバエの卵を実験室に持ち帰り、4日間25℃の室温に放置して幼虫からの検査を実施した。中川で斃死した野鳥の肉をついばんだハエの幼虫からC型ボツリヌス菌毒素が検出され、ハエがボツリヌス毒素を保有し、この有毒幼虫を野鳥が喫食するために、野鳥が長期間にわたりC型ボツリヌス中毒に罹患していたことが推察された。

 中川では大量集団発生であったが、その後、不忍池や善福寺池でも数羽の野鳥がC型ボツリヌス毒素で死亡しており、ハエの幼虫や死滅した魚介類等がC型ボツリヌス毒素を産生し、これを餌とした野鳥が中毒になることが示唆された。

4. 野鳥のC型ボツリヌス菌中毒の症状5)

写真3. C型毒素を経口投与したカーキ・キャンベルの症状

著者らはカルガモから検出したC型ボツリヌス菌を培養し、C型ボツリヌス毒素を精製した。この毒素をカーキ・キャンベル(卵用アヒル)に経口投与し、毒素による発症状況や血液への毒素の移行を観察した。
写真3-1は元気なカーキ・キャンベル、写真3-2では毒素投与後4時間、脚が麻痺を起こしてボツリヌス症状があらわれてきているが、餌と水を与えれば回復する。更に経過すると呼吸はやや困難となり、頸椎が麻痺を起こし「首だら」状態となる。羽の筋力も軽度な麻痺が認められ、羽ばたくことはできるが飛べない(写真3-3)。写真3-4は更に悪化し、呼吸は極めて困難となり、死亡した。毒素量が大量であれば数時間で斃死した。経口的に投与したC型ボツリヌス毒素は感染初期段階で血液からも検出され、早期に発症したと考えられた。

あとがき

中川での斃死野鳥の原因究明のため、漁師の舟に乗り、川の上流から東京湾までを何度も往復した。この地域は浅瀬の川幅に多数のアシなどが茂り、野鳥の宝庫であった。漁師の話では渡り鳥のカモなどもこの地域で越冬しており、年間を通して素晴らしい自然環境であった。
しかしこの野鳥のC型ボツリヌス中毒大流行後には、人間の利益のため河川は大幅に開発され、岸辺のアシなどもすべて取り払われ、護岸のコンクリートに改築された。豊かな東京都内の自然が失われ、野鳥も追い出され、悲しい環境となってしまった。

参考資料

1) Maeda, R., et al: Emerg. Infect. Dis., 9, 2175, 2023
2) 新潟市 保健所 食の安全推進課、報道、令和7年2月10日[PDF]
3) Eklund M.W and Dowell V.R. : Avian botulism : Charles C Thomas Publisher, 1987
4) 坂井 千三ら:東京都立衛生研究所年報、14-19, 1975
5) 伊藤 武ら:麻布獣医科大学研究年報、3, 75-81, 1978

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