2021.10.08
2021年10月8日
一般財団法人東京顕微鏡院
食と環境の科学センター 信頼性保証室 平井 誠
前編では「測定の不確かさの評価方法」の話までをご紹介しました。後編はその続きとして「適否判定」についてご説明します。
どのようにして規制値や取引基準値と不確かさの幅を照合し、適否判定をするのでしょうか。図2をご参照ください。植物由来食品中の残留農薬結果を例示しています。図中の丸印(○)は測定結果を、縦棒の長さは算出した不確かさに、確率分布に基づく係数を乗じた、拡張不確かさ(U)の範囲(幅)を表しています。
(ⅰ) は、拡張不確かさの下側の値が、最大残留基準値(MRL)を超えていますので不適合と、また(ⅳ)では、拡張不確かさ(U)の上側の値が最大残留基準値(MRL)未満なので適合と判断できます。
しかしながら、(ⅱ)と(ⅲ)では、測定結果の○がMRLの超過または未満となっているので、従来の適否判定は可能ですが、拡張不確かさが最大残留基準値(MRL)をまたいでいることから、明確な判定は困難になります。判定方法は、農畜産物や食品などの取引先双方による事前の合意が必要になります。いずれにせよ、不確かさの範囲が小さければ、測定結果の信頼性は高く、より優れた品質の試験結果だと考えられます。
それでは、信頼される品質の高い試験結果とは、どのようなものでしょうか。前段の議論を延長した結果、測定の不確かさの幅がより小さければより優良な試験結果であることになります。
しかしながら、食品の適否判定が特に求められる検査では、その結果報告において、いくつか求められる要件があります。必要最低限のサンプル量、より短時間での結果報告、そして分析機器への投資や人件費などのコストパフォーマンスなどが考えられます。コーデックス委員会では”Fitness for purpose(目的適合性)”について定義しています。1-1これは、「ある測定プロセスによって得られたデータが、所定の目的のために技術的および(規制)管理的に正しい判断を下すうえで、どの程度有用かを示す度合い」とされています。
微量な測定対象成分の濃度を、長時間かけて高額な分析機器を用いて、必要以上の精確な結果を報告することには疑問が持たれます。最良で品質の高い試験結果とは、「検査の目的にとって最も有用な結果」と考えられないでしょうか。
ここまでは、試験結果(測定結果)の品質、信頼性について「真の値」、「誤差」、「測定の不確かさの評価」、「目的適合性」から話を進めてきました。
しかしながら、試験結果の品質に関する議論には、この他にもたくさんの要件があります。専門的になりますが、試験法の性能特性や試験法の妥当性評価と検証、内部品質管理の方法と評価、標準物質や試薬の管理、機器の校正、計量のトレーサビリティ、試験者の力量評価、サンプリングの不確かさなど、多くの技術的な知識と理解が必要とされています。
私たち試験所では、特に食品衛生法で定められた食品等の規格基準に違反することが疑われる結果について、責任者と担当者及び信頼性確保部門との合同によるミーティングを随時設けています。結果の精確さだけでなく、採取時における試験品の状態、適格な試験法の選択、試験経過における想定外の状況の発生、対象食品の製造工程や食品表示(Ingredients)の確認、輸出国の規制などを再確認します。また、責任者の経験によって培われた試験品の視覚特性との整合性についても、参考にする場合もあります。
コーデックス委員会は「食品の輸出入規制にかかわる試験所の能力評価に関するガイドライン」1-4において次の事項を求めています。
特に ISO/IEC 17025:2017 では、そのプロセスに関する要求事項において、「方法の選定、検証及び妥当性確認」、「測定不確かさの評価」、「結果の妥当性の確認」など技術的な要件が定められており、これらの規格要件の遵守維持と向上に努めなければなりません。
また、様々な食品が輸入されており、経験の少ない試験の品質管理手順などの課題もあります。
2019年度の輸入食品の監視指導結果報告7では、食品等の輸入届出件数は10年前の2009年度に対して約140 %であり、1975年度以降から一時的な減少もありましたが、今後も食生活の変化と多様化だけでなく、コロナ禍による人の流れの制限などから様々な食品が輸入されることでしょう。
これからも食品の輸出入検査に携わる試験所では、食品衛生登録検査機関の業務管理要領や、精度管理の一般ガイドラインに示された規範的指導を遵守するだけでなく、自らISO/IEC 17025や、国際的なガイドラインが求めるパフォーマンス(成果)を提示できる試験結果の品質に、取り組んでいきたいと考えます。このためには、検査部門は品質の高い試験結果であることを実証し、適格な業務管理を内部監査によって検証していること、顧客など外部との接点を担う所員は、自らの組織が技術的に適格で妥当な結果を提供できると説明することが必要であると考えます。
(参考文献)
※文中の用語については、その定義を損なわないよう留意しつつ、コラムの目的に鑑み、一部改変して用いています。