2016.04.27
2016年4月27日
一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
食品理化学検査部 朝倉 敬行
待ち遠しかった桜の花も散り、季節は春から初夏に向かっています。房総や神奈川の海岸では潮干狩りが始まったというニュースを耳にするようになりました。
アサリやハマグリを始め、ムラサキイガイ、ホタテ、カキなど、焼いたり煮たりとどんな料理でもおいしく食べることができることから、貝が大好きという人はたくさんいらっしゃるものと思います。
一方、貝を食べて下痢を起こしたといったニュースを聞くことがあります。これは貝を食べ過ぎてお腹をこわしたわけではなく、下痢を起こす毒素を持った貝を食べたことで中毒が起こったということです。
中毒を起こす貝は上記のような二枚貝が中心になりますが、これらの貝自身には毒素を作り出す能力はありません。なぜ、貝は毒素を持つことになったのでしょうか。
ホタテやカキなどの二枚貝が餌としている渦鞭毛藻というプランクトンが下痢の原因となる毒素を持っていることがあり、その毒素が餌をとおして貝に蓄積(主に中腸線)され、その結果、貝が毒化することになるのです(図)。
この毒化した貝を食べた人が起こす中毒症状は主として激しい下痢、吐き気、嘔吐、腹痛などの消化器系の症状ですが、食後30分から4時間以内に発症し、約3日程度で全快するとされています。死亡例はありません。この貝毒を「下痢性貝毒」と呼んでいます。
日本で問題となる貝毒は、この「下痢性貝毒」と同様に麻痺性の毒素を持ったプランクトンを捕食して毒化する「麻痺性貝毒」に限られますが、毒化する貝はいずれも上記のような二枚貝です。世界的には「神経性貝毒」や「記憶喪失性貝毒」などもあります。有毒プランクトンの種類によって起きる中毒症状も変わってきます。
ここでは、平成27年3月に改正された「下痢性貝毒」の試験法についてお話します。試験法が改正される以前は、貝の中腸腺を取り出し、これに含まれる毒素をアセトンで抽出して、その抽出液をマウスの腹腔内に投与し、24時間後にマウスが死亡した場合に「下痢性貝毒、陽性」と判断していました。
しかし、動物のマウスを用いた試験法は、貝毒の規制値以上か、以下かの判断をマウスの死亡の有無で判定しなければならず、また、この方法では正確な貝毒成分の含有量の測定が困難であることから機器による化学分析が望まれていました。
すでに米国,ニュージーランド,韓国及びEUでは「機器分析」が導入されており、2015 年1月からはEUに輸出する二枚貝について機器分析法による検査が義務づけられたことから、貝やその加工品の輸出をしている地域を中心に日本での機器分析導入が求められていました。動物愛護の観点からも機器分析による貝毒検査は大変有意義な方法であると考えられます。
貝毒の簡単な試験の流れは、中腸線からメタノールを用いて毒素を抽出し、アルカリ加水分解をした後、ミニカラムで精製を行い、高速液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)と呼ばれる高感度な機器を用いて定量を行います。
下痢性貝毒の毒成分は、オカダ酸群、ペクテノトキシン群、エッソトキシン群の3群があります。マウス試験ではこれらの成分を区別することが出来ませんが、機器分析ではヒトへの毒性を示すデータがない、ペクテノトキシン群とエッソトキシン群についても測定できることになります。
このように機器分析が導入されたことにより毒性本体であり、規制値の定められているオカダ酸群のみを測定することも可能であり、動物愛護の観点から、また食品衛生上の観点からも非常に有効な改正となりました。下痢性貝毒及び麻痺性貝毒の規制値は表の通りになっています。
下痢性貝毒は加熱などの処理を行っても毒性がほとんど失われないため、調理をしても、貝毒が蓄積された二枚貝を食べると食中毒をおこします。日本では貝の産地での検査が徹底されているだけではなく、貝の生息する海域のプランクトン調査などが定期的に実施されており、検出された際も出荷停止等の処置がとられています。厚生労働省や各都道府県等のホームページなどにも出荷停止海域などの情報もありますので活用してみてください。
東京顕微鏡院では、下痢性貝毒(機器分析),麻痺性貝毒(マウス試験)を受託しています。何なりとお問い合わせください。