2021.07.15
財団法人東京顕微鏡院 理事、 麻布大学客員教授
獣医学博士 伊藤 武
平成19年は全国各地で、多くの期限表示の偽装事例が確認された。大手の食品メーカーである(株)不二家が消費・賞味期限切れ商品を出荷したこと、消費期限の日付改ざんを発端とし、石屋製菓㈱の人気商品である「白い恋人」の賞味期限の偽装表示、(株)赤福や(株)船場吉兆製造食品の賞味期限改ざんなど、数々の商品が期限表示を偽装していたことが明るみに出た。
科学的根拠にもとづいた適正な期限表示が、食品の品質や安全性の確保となることは当然であると信じていたが、業界では利益追求を最優先させた悪しき慣例が横行していた結果が招いた事件であろう。
食品の表示は、消費者が食品を選択する際の重要な情報であり、消費者の関心が高いところである。
食品表示に関する法令としては、
などさまざまあるが、期限表示に関しては、食品衛生法とJAS法により規定されている。
容器包装に入れられた加工食品は、平成7年にそれまでの製造年月日表示から期限表示に変更となったが、食品衛生法とJAS法での用語の不統一など、問題があったために、平成15年に期限を示す用語は、消費期限と賞味期限に統一された。 消費期限とは、定められた方法により保存した場合、腐敗、変敗、その他品質の劣化にともない安全性を欠くこととなる恐れのないと認められる期限と定義され、一般に劣化が速い弁当、惣菜、生かき、生めん、サンドイッチなどに表示される。
賞味期限とは、定められた方法により保存した場合、期待されるすべての品質の保持が十分に可能であると認められる期限と定義され、スナック菓子、カップめん、レトルト食品、缶詰、ジュースなど、劣化が比較的遅い食品に表示される。ただし、チューインガムや食塩、アルコール飲料においては品質劣化が極めて少ないことから期限表示を省略できる。
平成17年2月に厚生労働省・農林水産省から「食品期限表示の設定のためのガイドライン」について通知された。
表1 食品期限表示の設定のためのガイドライン
(平成17年2月 厚生労働省・農林水産省「食品期限表示の設定のためのガイドライン」より)
本ガイドラインによれば「賞味期限」および「消費期限」は、食品の特性を考慮に入れて、各メーカーが客観的な根拠にもとづいて設定しなければならない(表1)。
客観的指標としては、たとえば理化学試験(粘度、濁度、比重、過酸化物価、酸価、pH、酸度、栄養成分、糖度など)、微生物試験(生菌数、大腸菌群数、大腸菌、低温細菌、芽胞形成菌など)、官能検査(味、臭い、色調など)があげられる。信頼性と妥当性が確保された試験を行い、それらの結果を総合的に判断することが重要である。
科学的に設定された期限に対して、安全係数をかけて得られたデータより、短い期限が設定される。安全係数も食品の特性(微生物制御が高い食品、冷凍保存、劣化しやすいか否かなど)を考慮しなければならない。
賞味期限や消費期限は、さまざまな因子(たとえば、製品に含有される添加物の組成、製造環境の衛生管理の状態など)によって影響される。そのため、他のメーカーで類似した特性の食品を製造していたとしても、それをそのまま自社でも適用できるわけではない。
客観的な指標と判定基準をあらかじめ設定し、きちんとしたバックデータを収集・保管しておけば、消費者や取引先から「どのような根拠で表示期限を決めたのですか?」と質問されたときでも、的確な情報を提供することができる。
図1は、生和菓子「ねりきり」の保存温度と微生物の挙動を調査した研究事例である。ここでは、生菌数、大腸菌群、糸状菌および酵母を指標としている。 この実験の場合、20℃保存では4日目以降に肉眼的に糸状菌の集落が観察された。また、30℃保存では3日目以降に肉眼的に糸状菌の集落が観察された。
東京都では、和菓子の指導基準を「細菌数が50万個未満、大腸菌群が1,000個未満」と設定している。 このような基準も考慮に入れると、この研究事例における消費期限は「10℃で7日前後、20℃で3日前後、30℃で2日前後」とするのが妥当かもしれない。こうした基礎データをもとに安全係数をかける。消費期限・賞味期限を設定する際には、微生物学的な見地だけではなく、官能検査の結果も考慮に入れることが重要である。
図2は、2社で製造された「ねりきり」について、保存温度によるpHの変動を調べたデータである。メーカーによって、製品のpHが異なっていることがわかる。pHは微生物の挙動に影響を及ぼすパラメーターの一つであることから、pHが変われば、消費期限にも影響を及ぼす可能性がある。AメーカーとBメーカーは、「ねりきり」という同じ商品を生産しているが、その期限表示はそれぞれ異なったものになるであろう。
ミニオムレツ中の生菌数および低温細菌数の消長について紹介する。この実験では、加熱調理してから冷凍されたミニオムレツを、解凍後、0℃、5℃、10℃、20℃で保管し、菌数の推移を調べ、どれくらいの品質保持期限があるかを調べた実験である(文末図3-1~6)。
0℃で保管した場合、2週間は菌数の顕著な変動は認められなかった。5℃および10℃で保管した場合は6日目、20℃で保管した場合は2日目から、菌数の増加が認められている。0℃および5℃での官能検査(色沢、香味、肉質)の成績では、0℃保存では21日でも大きな変化が見られない。5℃保存では14日目が限度である。
官能検査員は、5味(甘味、塩辛味、酸味、苦味、旨味)の識別テストにより選別する。選抜された検査員には(1)香水、ローションなど匂いのきついものの使用を禁止すること、(2)口紅など化粧をしないこと、(3)喫煙者は官能検査としては避けるが、検査60分前より、喫煙しない、(4)検査前には手指を洗浄することなどをルールとして義務づけておく。
次に肉質、味などをチェックする。ここに長検査員は、外観、色調、香りをチェックしてから期間の賞味期限が設定されているプロセスチーズの例をあげる。
昨今の食品業界には「できるだけ表示期限を短く設定したい」と考える傾向があるように思われる。しかし、低水準で推移する食料自給率や、廃棄物量の削減などが問題となっている時代に、果たしてそのような考え方は正しいといえるだろうか。 賞味期限や消費期限は「厳しく設定すればよい」というものではない。
確かに高い安全係数をかけて期限を設定すれば、微生物学的な安全性は確保できる。しかし、現行の安全係数の設定の仕方が正しいかどうかを検証する必要があるのではないか。 また、食品の製造加工や流通保管の技術は目覚しく進歩している。とくに冷蔵保管や冷凍保管の技術は急速に進歩してきた。
必ずしも昔ながらの表示期限にこだわる必要はないのかもしれない。食品がどのような条件で流通され、保管されるかも考慮に入れた実験を行い、そのデータにもとづいた期限設定を行うべきである。期限表示は食品工場の衛生管理の状態によって変動することも忘れてはならない。