増加してきたカンピロバクター食中毒の実態と制御

2021.07.15

財団法人東京顕微鏡院 理事、 麻布大学客員教授
獣医学博士 伊藤 武

新たな食中毒菌への正しい理解を

ほとんどの細菌性食中毒が減少傾向にあるにもかかわらず、1983年に新たな食中毒菌として指定されたカンピロバクターは、患者数が少なく小規模化していながらも、近年、発生件数が増加の一途をたどる重要な食中毒菌です。

本菌のこうした特徴を理解し、カンピロバクター食中毒の微生物制御対策を考えていかなければなりません。

カンピロバクターの特徴

カンピロバクターは、サルモネラ、O157など代表的な食中毒菌と様々な点で大きく異なります。

  • 形態が螺旋系であること
  • 酸素が3~15%含まれる微好気的条件で発育し、大気中や嫌気的な環境では発育しない
  • 大気中では死滅しやすく乾燥にも極めて弱い
  • 従来の食中毒菌の発育可能温度は10~46℃だが、カンピロバクターは31~46℃

こうした特殊性から、カンピロバクターは家畜や家禽、あるいは人の体内や腸管内の限られた環境でしか発育・生存できず、通常の食品内では増殖できません。しかし感染菌量が100個程度と少ないことから、食品を汚染した菌量で、人は食中毒を起こすことが考えられます。

また、環境条件により菌体が螺旋系から球形に変化し、球形化した菌体は培養が不可能となります。そのため、これまでの常識では球形化した菌体は死滅したとしてきましたが、球形化した菌体を実験動物や発育鶏卵に接種すると元の螺旋系に戻り、増殖が可能になるとする報告がなされてきました。

現在、カンピロバクターが生きていくための解決策としての球形化や、環境適応性に関す研究が進められつつあります。

カンピロバクターが下痢症の原因菌であることが明らかにされて以降、世界各国で本菌の検査が実施され、下痢症患者の10%~20%から検出されることが判明しました。特に小児・学童の主要な原因菌となっています

国内では、1983年に元厚生省がカンピロバクターを食中毒菌であると認識し、食中毒統計に計上されるようになりました。

カンピロバクター食中毒発生状況

この統計によれば、カンピロバクター食中毒の発生件数(患者数2名以上の事例)は1996年以前と以後では大きく変動し、前者では年間20~50件を推移、後者では年とともに発生件数が増加し2005年には年間200件以上にもなりましたが、2007年では143件とやや減少しています。

患者数は、1996年以前では大規模発生が多く見られ、年間5000名以上を記録しました。それ以降は、発生件数の増加にもかかわらず年間2000~3000名に留まっています(図1)

図1:カンピロバクター食中毒の発生件数と患者数

カンピロバクター食中毒発生の原因施設

1980年代では学校、事業所、寮の給食が約32%を占めていましたが、現在では0.9%に過ぎません。対して、1980年代では約13%だった飲食店での事例が、現在では約65%を占めています。また、学校での調理実習による事例が繰り返し発生し、過去6年間で17事例認められたことにも注目すべきでしょう(表1)。

表1:カンピロバクター食中毒の原因施設
2002~2007年(患者数2名以上)

原因施設 発生件数
飲食店 604(65.7)
旅館 42(4.6)
学校 給食 2
調理実習 17
その他 21
事業所・給食 5
保育所 5
高齢者施設 1
宿舎・寮 10
家庭 14
その他 29
小計 750
不明 169
919

カンピロバクター食中毒発生の原因食品

カンピロバクターは牛、豚、羊、山羊の腸管内に高い確率で保菌されていますが、これら市販食肉からの汚染率はそれほど高くありません。

しかし、鶏、ウズラなどの家禽での保有率が極めて高く、市販鶏肉の汚染率が50%以上であることから、カンピロバクター食中毒の原因食品として鶏肉やササミなどの生食が多いと言えます。

過去5年間の事例でもササミなど鶏肉の生食が85件と多く、鶏や牛レバーも注意が必要です。鶏肉料理、焼肉・バーベキューでは、加熱不足や過熱後の二次汚染が考えられます。

カンピロバクターのリスク低減対策

カンピロバクター食中毒の原因食品として鶏肉やその生食が多いことから、生産段階であるプロイラー養鶏場、食鳥処理場、鶏肉加工場、飲食店、集団給食施設、消費者の各段階におけるリスク低減対策を推進しなければなりません。

また、食鳥処理工程での汚染が極めて高いことから、本施設での脱毛、内臓摘出、冷却、カットなど各工程の高度な衛生管理の早急な構築、さらに、ササミやレバーなどの生食による事例が多いことから、食鳥処理場での生食用鶏肉の解体工程の衛生管理や飲食店での生食肉の取扱いを含めた、生食用の規格基準の制定が必要になるでしょう。

また、最も発生件数が多い飲食店においては鶏肉の適切な保管と、ドリップ、包丁やまな板、手指などからの二次汚染防止対策、鶏肉料理の加熱(75℃、1分以上)の厳守が求められるでしょう(表2)。表

2:カンピロバクター食中毒の原因食品
2002~2007年(患者数2名以上)

原因食品 発生件数
鶏肉とその料理 ささみなど 85
鶏レバーなど 36
生鶏肉 6
鶏肉料理 81
焼肉・バーベキュー 58
焼鳥 5
牛レバー 25
飲料水 5
その他 0
小計 309(33.6%)
不明 610(72.4%)
919

麻痺性疾患との関連にも注意

カンピロバクターは、感染後1~2週後に運動麻痺を主微とするギラン・バレー症候群を併発することがあり、急性期の治療が適切でないと死亡することも稀ではありません。国内ではギラン・バレー症候群の約40%がカンピロバクター感染症を原因としていると考えられています。カンピロバクターは麻痺性疾患との関連もある重要な病原菌であることを再認識し、感染防止対策を講じなければなりません。

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