2022.09.15
2022年9月15日
一般財団法人東京顕微鏡院
学術顧問 伊藤 武
前回の家庭における植物性自然毒による食中毒に続き、今回はフグ等魚類や貝などの動物が持っている有毒物質により起こる、家庭での動物性自然毒食中毒について述べます。2012年から2021年の10年間で動物性自然毒による食中毒は183件が報告され、そのうち152件(83.1%)が家庭での調理により発生しています。
わが国は海に囲われた島国であることから、古くから動物性蛋白質を海産性の魚介類に求めていたのだろうと思います。縄文時代の人骨と同時にフグの骨も発見されていることから、浅瀬で捕獲できるフグを食べていたとも思われます。フグを食べることにより病気になったり死亡することが度重なり、フグは危険な食べ物であるとの認識もあったと考えられます。
欧州では、フグは絶対に食用にしません。太平洋の島国の一部や韓国でもフグを一部食していますが、日本は古くから猛毒なフグを食べることができる食文化を開発した希有な民族です。ただし、フグに関しては正しい知識を持つこと、フグ料理には法的規制があることを理解してほしいのです。
昭和30年(1955年)の元厚生省の統計では、フグ食中毒患者は年間179名、うち死亡者119名でした。日本では危険なフグ毒を含む臓器を除去して食用とする食習慣があり、その後も患者数は徐々に減少するも昭和42年(1967年)頃までは毎年100名以上の患者が報告され、その後も毎年20名前後の死亡者が認められました。
これまではフグの消費が一部地域に限られていましたが、全国的に消費され、流通も拡大されてきたことから、昭和58年(1983年)元厚生省はフグの統一した法的規制を制定しました。販売が認められるフグは卵巣や皮など有毒部位の除去義務、フグの処理にあたっては都道府県知事によるフグ調理師免許制度、フグ毒の検査法や評価方法など、厳しい規則が施行されました。
令和2年にはフグ取り扱いおよびフグ処理者の認定に関する全国的な新たな指針が通知されています。飲食店などでのフグの提供は、必ず免許を取得したフグ調理師が料理することになっています。
フグ毒は「テトロドトキシン」と呼ばれ、300℃で加熱しても毒素は壊れません。テトロドトキシンは神経伝達を阻害する恐ろしい毒素で、1-2㎎で人が死亡します。その毒力は青酸カリの500-1,000倍であるといわれています。フグ毒はフグが産生する毒素ではなく、海洋細菌であるビブリオ属菌などが産生した毒素です。
この毒素がヒトデや貝類、藻類などを介してフグに取り込まれ、フグが毒化すると考えられています。食物連鎖からフグが毒化し、気象変動や海域の条件が変化すれば、有毒フグにも大きく影響することから、厚生労働省は食べることのできるフグの種類や部位、漁獲海域を定めています。安全と思われたフグが地球環境の温暖化の影響で毒化することもあります。フグの毒化は個体差が多いことも正しく認識しなければなりません。
2012-2021年の10年間でフグ食中毒が183件報告され、うち152件(83.1%)が家庭での調理により発生しています(図1)。フグによる食中毒は著しく減少してきましたが、その殆どが、釣りをして捕獲したフグを家庭で調理した食中毒となっています。
フグの仲間は全世界で430種ぐらい、日本近海では60種ぐらいが生息しています。国内では食用としては22種類に限定されています。食中毒として届けられたフグの種類は分からないものが多いです。判明したフグはコモンフグ、ヒガンフグ、ハコフグ、ショウサイフグなどです(表1)。
フグを食べてから早い人は30分後頃から発病しますが、多くは1時間から6時間で発症します。初期症状は嘔気、嘔吐あるいは指先などにしびれを感じてきます。その後「ろれつ」が回らない、全身のしびれ、歩行困難、運動麻痺、呼吸困難などを起こしてきます。早期に治療しなければ死亡率が高くなります。
ヒメエゾボラ、エゾボラモドキ、エゾボラ、アヤボラ、スルガバイなどの巻き貝を総称してツブ貝あるいはバイ貝と呼ばれ、日本近海に広く分布しています。これらのツブ貝の唾液腺には、「テトラミン」と呼ばれる毒素が含まれています。
ツブ貝類による食中毒は10年間で31例報告されています(表2)。食後、30分から1時間程度で視覚異常(めまい、ものが二重に見える)、頭痛、ふらつき、酒酔いのような状態となる症状などが見られます。
熱帯や亜熱帯に生息するバラハタ、バラフエダイ、オニカマスなどは、「シガテラ」と呼ばれる毒素を持っています。この毒素を持つ特定のプランクトンが付着した海藻などを食べる魚に毒素が移行します。アオブダイは「パリトキシン様毒」を持つ魚です。
その他にも400種以上の魚が毒化するといわれています。毎年これらの有毒魚による食中毒が報告されているので、釣りをする人はこれらの毒魚に注意が必要です(表2)。魚市場では、これらの毒魚が市場に出荷されないように監査が行われています。
日常食用にしているホタテガイ、ホッキガイ、カキ、アサリ、コタマガイ、マガキ、イガイ、ムラサキイガイなどの二枚貝は食用としていますが、時には貝毒を蓄積することがあります。これらの二枚貝は有毒プランクトンを食することにより毒化します。
貝毒の種類により麻痺性貝毒と下痢性貝毒があります。麻痺性貝毒食中毒の症状は食後30分ぐらいで、口唇、舌、顔面のしびれ、四肢の麻痺があり、重症化すると運動失調、呼吸麻痺で死亡することもあります。下痢性貝毒食中毒の症状は、食後30分ぐらいから下痢、嘔吐、腹痛などの消化器症状があります。通常は発熱がありません。
二枚貝の生産地域においては定期的に二枚貝や有毒プランクトンの検査が実施され、出荷する二枚貝の安全性が確認されたものが販売されています。潮干りする二枚貝についても安全性が調べられています。ただし、都道府県や生産者よる定期的な検査で貝毒の量が規定値を超え、出荷を自主規制する例は毎年あります。
当財団では国産や輸入される二枚貝の貝毒の検査を実施しております。
(参考資料)