2022.11.09
2022年11月9日
一般財団法人東京顕微鏡院
学術顧問 伊藤 武
アニサキスは線虫類に属する寄生虫で、長さ2-3cm、幅0.5-1mm位の白い糸状をし、人が魚介類を生食することにより食中毒を起こします。
わが国では魚介類の生食文化が定着していたことから、古くからアニサキスによる食中毒の発生があったと思われますが、国内での最初の報告は1965年です。その後、内視鏡の開発と活用により患者の胃内からしばしばアニサキスが発見され、注目されるようになってきました。
アニサキスによる食中毒例が増加傾向にあることから、2013年に元厚生省はアニサキスによる患者の届出を義務化し、アニサキスやクドアなど寄生虫による食中毒防止の啓発を行ってきました。
アニサキス食中毒の原因施設は飲食店や販売店が注目されていますが、家庭の料理においてもしばしば被害が起きていることから、ここでは家庭で発生するアニサキス食中毒と予防対策について述べます。
アニサキスと呼ばれる寄生虫は、クジラ、イルカなどの海産哺乳動物の腸内で成虫となり、虫卵が生まれ、海水中に放出されます。虫卵は海水中で幼虫に生育、第1中間宿主であるオキアミに寄生し、オキアミが各種の魚に補食されます。
各種魚類が第2中間宿主となりますが、魚介類では第3期幼虫で生育がとまります。中間宿主の魚を補食するクジラなど、海産哺乳動物(終宿主)の腸に寄生して幼虫から成虫に成長し、卵を産みます。クジラなどもオキアミを食することから、海産哺乳動物の胃内に寄生することもあります。
終宿主で成長した成虫が卵を産み、虫卵が海水中に放出されて生育していく、まことに興味深い生活環を持つ線虫です。人は中間宿主の魚介類を生で喫食することにより、生きたアニサキスが体内に取り込まれ健康被害が起きます(図1)。ただし、人はアニサキスの宿主でないことから最終的にはアニサキスは人の体内で死滅していきます。
多数の魚種について調査した東京都の成績を表1に示します。市場に流通する魚介類113種1731尾を調査した結果、229尾からアニサキス幼虫が検出されています。
食中毒の多いマサバ、ゴマサバ、サンマ、マアジ、カツオ、ヒラメなどからアニサキスが高率に検出されています。調査ではアニサキスが検出されない魚種もありますが、アニサキスの生活環から考えると全ての魚種が少なからずアニサキスを保有してもおかしくないと考えられます。
最近、養殖魚にはアニサキスはいないとする宣伝もみられますが、東京都の酒井らは養殖されたマサバにおけるアニサキス寄生実態成績を報告しています。養殖条件が海面、餌料がペレット、種苗が天然の場合6品目全てから1-100%にアニサキスが検出されました。
種苗が人工ふ化の場合はアニサキスが陰性でした。養殖条件によってはアニサキスを保有することもあるので注意が必要です。
アニサキスによる食中毒は、喫食後8時間以内に激しい痛みを伴った腹痛、吐き気、嘔吐を伴う胃アニサキス症と、喫食後数時間から数日後に同様な痛みを伴った腸アニサキス症に分けられます。
ただし、自覚症状がないこともあります。内視鏡や外科手術により回復し、死亡例は報告されていません。ただし、アニサキスのアレルゲンにより蕁麻疹などのアレルギー症状が見られることもあります。
時にはアナフィラキシー症状である呼吸困難などを起こすこともあり、アニサキス食中毒とはいえ侮れないので、要注意です。
医師からの届出が義務化された2013年からのアニサキスによる食中毒発生件数を図2に示しました。刺身など生魚を喫食しても必ず発症するとは限らないこと、集団で喫食しても殆どが一人の発病であることから、食中毒の原因となった施設や原因の魚を明確にすることが難しく、不明となることが多いです。
報告の初期では年間100件以内でしたが、その後、多くの医師からの報告がなされ、年間300件以上となってきました。それでも届出されないのが多いことから、アニサキス食中毒例は年間2000~3000件位あると推察されています。
原因施設はやはり飲食店が多く、年間平均72件、ついで家庭が約47件、販売店が37件となっています。原因施設不明の例が年間82件あり、おそらくこの殆どが家庭の料理であると考えられます。
月別の届けられる件数は一般に10月から冬季に多いといわれています。家庭での発生も10月と3月から5月に多く認められています(図3)。これは原因となる魚種の捕獲月や市場での流通との関連が考えられます。
原因食品として多いマサバは晩秋から2月が旬といわれ、最も美味しい時期で、多数の人がサバを喫食することから、この季節に多くの患者が診られます。
2018年には発生件数が468件、患者数478名が報告され、この年の事例ではカツオによる事例が多いことから厚労省の調査結果では黒潮の大蛇行により伊豆諸島付近海域の海水温が高まり、カツオの北上が続き、アニサキスを補食したカツオが増加したと思われました。
地球環境、特に海水温の上昇や海流の変動がアニサキス保有魚種などにも影響を与えるのでしょう。
家庭で料理されたサバ、サンマ、アジ、カツオ、ヒラメ、イワシ、サケ、イカ、イナダなどの魚種が多いです(表2)。アニサキスは調理に使用される食酢、醤油、ワサビなど調味料では死滅しません。家庭で料理された「しめサバ」が最も多いことにも注目すべきでしょう。家庭で日常料理する魚の刺身、たたき、酢絞め、寿司などが最も危険です。
①生で食べることが出来る最も安全な方法
②丸ごと魚体を購入して家庭でさばく時の注意
③アニサキスの幼虫は加熱で容易に死滅します。魚介類は70℃以上または60℃1分以上加熱しましょう。
(参考資料)