カンピロバクター食中毒物語
4.カンピロバクター食中毒の感染源の追求

2024.04.30

3.カンピロバクター食中毒の実態とギラン・バレー症候群  から続く

2024年4月30日
(一財)東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武

カンピロバクターは酸素が5~15%程度の微好気環境で生存・増殖できる微生物であり、地球環境の酸素濃度が約21%もある好気的環境では死滅していく哀れな運命にある微生物である。しかしヒトや動物の腸管内、肝臓などの臓器あるいは血液は酸素が少ない環境であり、カンピロバクターはこれらの臓器中で生を繋いできた特殊な細菌であると考えられる。特にヒトや動物の腸管内は、酸素濃度が微好気性の5~7%であるところ、カンピロバクターが摂取するアミノ酸などの栄養に恵まれたところ、そして腸管の湿潤環境が生存・増殖に適するところであるのだろう。さらに、カンピロバクターの鞭毛などが腸管粘膜に定着する機能もあり、腸管内はカンピロバクターの生存・増殖に適した環境である。また同種の動物が密集する環境では動物間の感染が繰り返され、歴史の積み重ねにより動物特有のカンピロバクターの生態系が形成されてきたと考えられる。

ベルギ-の内科医のBuzlerらがヒトの下痢症患者糞便から初めてカンピロバクターの分離に成功し、その重要性が注目され、過去の報告からヒトへの感染源として家畜や家禽などの動物も注目された。また1980年代頃から全世界の研究者による家禽や家畜のカンピロバクター調査が積極的に実施され、多くの調査報告がある。今回は家畜・家禽、愛玩動物、野生動物、食品、生活環境におけるカンピロバクターの生態について、食中毒との関連で紹介する。

1. 人への感染源として重要な家禽や家畜におけるカンピロバクターの保菌

家禽や家畜はカンピロバクターが検出されても下痢などの臨床的な病状は殆ど認められず、健康保菌の状態である。カンピロバクターの検出率は、分離や増菌のための検査用培地、培養方法など検査法により大きな差がみられる。検査対象の家畜や家禽の飼育環境や年齢などにより変動することも考慮しなければならない。ここでは著者らが中心で研究してきた元東京都立衛生研究所や東京都食品衛生調査会の成績を中心に述べる(表1)。

表1. 家畜・家禽・野生動物や野鳥におけるカンピロバクターの保菌

表1. 家畜・家禽・野生動物や野鳥におけるカンピロバクターの保菌
C.coli の保菌率が高い ** C.lariが検出される。
著者らおよび東京都食品衛生調査会の成績

諸外国の動物からの検出成績の一例を表2に示した。

表2. 諸外国における動物のカンピロバクター検出(1980年代)

表2. 諸外国における動物のカンピロバクター検出(1980年代) 英国・オランダ・米国

家禽

人への感染源として最も関連が高い鶏や七面鳥からはカンピロバクターが高率に検出される。しかも鶏から検出される菌株の殆どが人の食中毒の原因となるC.jejuniで、一部がC.coliである。
鶏の腸管部位ごとでは小腸下部から盲腸、大腸に高い菌数が観察される。養鶏場ごとにカンピロバクターの検出状況を見た場合、保菌率に大きな隔たりがあり、飼育環境や衛生対策などが保菌率に影響していると考えている。鶏の週齢にも大きな差があり、加齢と供に陽性率が高くなってくる。鶏の卵内にはカンピロバクターはいないことから、生まれて8時間ぐらいまでのヒヨコからはカンピロバクターは検出されない。30日齢以後に陽性率が高くなってきている。著者らはこのことから養鶏場の飼育環境(敷き藁、ハエ、コガネムシなどの昆虫、線虫)やカンピロバクターで汚染された飼料や飲み水から飼育鶏にカンピロバクター感染が広がっていると考える。
バタリー鶏舎で一羽ずつ個別に飼育された産卵鶏の継続した季節別の検出率では表3のごとく夏に低く、秋から冬にかけて高い保菌が認められた。また継続して保菌している鶏と全く保菌しない鶏も認められたが、その理由については個体ごとの腸管免疫や腸管内の微生物叢の相違によるものと考えられる。

表3. バタリー飼育された採卵鶏のカンピロバクター保菌の推移

表3. バタリー飼育された採卵鶏のカンピロバクター保菌の推移 鶏No.3から24まで、5月から1月まで

和牛からのカンピロバクター検出率は36.4%である。牛の場合も農場によるカンピロバクター保菌率の差が著しく、飼育環境の影響が大きい。検出される殆どがC.jejuniである。

米国の報告では馬からはカンピロバクターは検出されていない。馬はカンピロバクターに限らず腸管出血性大腸菌O157の保菌も認められない特殊な動物であろう。

豚からはかなり以前から高率にカンピロバクターが検出されているが、その多くがC.coliである。ただしドイツの調査では豚から高率にC.jejuniが検出されており、長期間の飼育のうちに、養豚場ごとに保菌菌種に差が出てきたのであろう。

国内からの報告はないが米国の調査では羊もカンピロバクターを保菌していることが報告されている。

2. 愛玩動物におけるカンピロバクターの分布

犬・猫

家庭で飼育されている犬・猫では以前からサルモネラの保菌が知られていたが、カンピロバクターも少なからず保菌している。諸外国では幼児・学童などが犬からカンピロバクターに感染した事例も報告されている。
その他、ネズミのサルモネラ保菌率は高いが、生活環境の悪いネズミからはカンピロバクターも検出される。実験用動物の輸入カニクイサルやタマリンも、生活環境やヒトから感染したカンピロバクター保菌が観察されている。

3. 野生動物や生活環境におけるカンピロバクター分布

野鳥

ヒトや家畜・家禽が生息する地域から捕獲されたハトやカラス、スズメなどがカンピロバクターを保菌していることが明らかにされている。ただし、人里から離れた山林に生息するムクドリ、アカハラなどの野鳥はカンピロバクターを保菌していない。カモメなどの海鳥もカンピロバクターを保有するが、検出される菌種は人の下痢症に関わらないカンピロバクターの菌種(C.lari)である。

4. 食品

家畜や家禽がカンピロバクターを保菌していることから、サルモネラなどと同様に食肉がカンピロバクターで汚染を受ける。

家畜の食

牛、豚がと場で解体される過程で、家畜の糞便汚染や解体器材・器具などから汚染が拡大して、生肉からカンピロバクターが多数検出されている。また、これらの家畜の臓器からもカンピロバクター汚染が認められる。と場ではHACCPによる厳しい衛生管理が施行され、牛の解体では腸管出血性大腸菌O157汚染の問題から、食道と結腸を結紮して、腸内容物がと場環境を汚染させない対策や、解体する刀を個体ごとに熱殺菌する対策も導入されたが、病原微生物を完全に除去するまでには至っていない。ただし、牛・豚等の解体後のと体は一晩冷気で体表を乾燥させることにより、乾燥に弱いカンピロバクターの菌数を減少させる(表4)。

表4. 食品におけるカンピロバクターの汚染状況

鶏肉と内臓

鶏肉についてはサルモネラと同様にカンピロバクター汚染率が高く62.9%に及び、臓器のカンピロバクター汚染も高い。食鳥処理場では食鳥検査制度により病鶏や疾患が疑われる内臓については排除されているし、解体過程で糞便汚染が拡大することから腸内容物による汚染を少なくするために絶食した鶏を解体するなど対策が進んできた。しかし、腸管や内臓を除去する工程で、腸内容物がと体を汚染する危険性が高い。最終工程の冷却槽においては次亜塩素酸水で消毒が実施されているが、有機物汚染度が高い冷却層ではカンピロバクターの汚染率も高く、と体表面にカンピロバクター汚染が拡大してきている。今のところ相互汚染を防御する積極的な対策が施行されていないことから、鶏肉のカンピロバクター汚染率はと場でと殺される家畜より高い。 

カンピロバクターの特性として、乾燥条件では死滅しやすいが、湿潤環境ではある程度生存すること、生肉の表面のカンピロバクターは4℃では3日以上生存するが、15℃以上では雑菌の増殖の影響もあり、2日以内で死滅していくことも考慮しておかなくてはならない。

なお米国や英国など諸外国では未殺菌牛乳からカンピロバクターが検出されており、同牛乳によるカンピロバクター食中毒も報告されている。また同牛乳から製造されたチーズによる食中毒も報告された。

5. 鶏の肝臓におけるカンピロバクター汚染

糞便からのカンピロバクター検索が確立していない時代にKingは血液からカンピロバクターの検出に成功した。この事実を解明するために著者らはカンピロバクターをカニクイサルに経口投与し、経時的に血液を採取してカンピロバクターの検査を実施した結果、投与30分から4時間後に血液からカンピロバクターが検出されたが、それ以降は検出されなくなった。Blaserらはマウスの感染実験でも投与1時間後に血液からカンピロバクターを検出、24時間後では検出されていない。感染した動物の補体などの免疫力により、カンピロバクターは血液から排除されたと考えられている。鶏でも感染初期に血液に侵入したカンピロバクターが時には肝臓に定着するものと考えられる。1950年代ごろには鶏の肝臓に形態状ビブリオ様の螺旋細菌が見つかり、鶏のビブリオ肝炎と称されていたが、本疾患から分離された菌株はまぎれもなくカンピロバクターであることが後に判明した。

6. 飲料水や河川水におけるカンピロバクターの汚染

未殺菌飲料(井戸水)

米国などでは未殺菌飲料水による大規模なカンピロバクター集団感染例が時々報告されているが、国内でも1982年に未殺菌の飲料水によるカンピロバクターと毒素原性大腸菌の混合感染による7千名以上の患者報告がある。山間部の湧き水や貯め水による小規模なカンピロバクター食中毒も時々報告されており、野鳥や野生動物から貯留された水がカンピロバクターで汚染されたと推察される。1980年には雑用水の沢の水が工事ミスにより町営水道に連結され、学童109名の患者が発生した。また、東京都では飲食店の飲料水に河川水が混入したことによるカンピロバクター食中毒が報告された。著者らは都内の未殺菌井戸水からカンピロバクターを1例検出した経験があるが、国内の井戸水に常時、カンピロバクター汚染が起きているわけではなく、ヒトや家畜、野生動物のし尿、あるいは河川水の混入時に飲料水にカンピロバクター汚染が起きるのだろう。
なお、飲料水中のカンピロバクターは25℃保存では3~5日で死滅、4℃保存では10日以上生存する。温度条件や雑菌の影響により水中のカンピロバクターは早期に死滅すると考えている。

7. 食肉由来のカンピロバクターとヒトの下痢患者由来菌株との関連

著者らはカンピロバクターの表層構造の抗原性の違いからC.jejuniの血清型別法を確立し、33型に分類し、疫学解析に本法を応用してきた。この血清型別法を活用して、ヒトの下痢症由来のカンピロバクターと動物や食品から検出されたカンピロバクターとの関連性を明らかにした。本血清型で国内のヒト由来株の92%は型別が可能となった。表5に示すごとく、鶏、家畜、愛玩動物、食肉から検出されたカンピロバクターはヒトから検出されるカンピロバクターと同一の血清型が多数認められ、特に鶏と食肉由来株は70%がヒトと同一であることを明らかにした。ヒトのカンピロバクター食中毒や感染症の感染源はこれらの動物や食肉であることが明確となった。

表5. 人下痢症、動物、食肉由来のカンピロバクターの血清型 (都衛研型:TCK)

おわりに

カンピロバクター感染症(食中毒)の感染経路を明らかにするために家禽、牛、豚、野鳥、野生動物のカンピロバクター保菌や食肉や内臓肉へのカンピロバクター汚染状況を解説した。これらの成績からカンピロバクターのヒトへの感染経路は図1のごとく牛、豚、肉用鶏及びそれらの生肉・臓器が重要であることが指摘できる。

図1. カンピロバクターの動物における分布

乾燥に強いサルモネラや腸管出血性大腸菌O157と比較してカンピロバクターは大気や乾燥に弱いことから耕地への汚染も認められないし、農産物中での生存も短期間であり、ヒトへの感染源になることはほとんどないであろう。
1980年代初期には東京都以外にも各県の衛生研究所やと畜場の先生方(松崎静枝、石井営次、林賢一、村上正博、竹重都子など)がカンピロバクターの生態調査に努力され、多くの論文を報告していることを付記する。

5.カンピロバクター食中毒の予防対策を考える

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