このたびは、たいへん多くの優れた研究テーマが応募されましたが、厳正なる審査を重ねた結果、栄えある第1回遠山椿吉賞受賞者、および特別賞として顕彰すべき受賞者を決定いたしましたので、発表いたします。
受賞者のお二人には、こころよりお祝い申し上げます。
受賞者 | 鈴木 隆雄 (国立長寿医療センター研究所 所長) |
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テーマ名 | 高齢者の生活機能の維持・向上と介護予防を目的とした包括的健診の開発と普及に ついての調査研究 ―超高齢社会における新たな健康維持と予防医療へ向けての科学的取組み―注:上記は、東京都老人総合研究所(現 地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター)在職時における 研究成果である。 |
現在の我が国では65歳以上の高齢者人口が20%を突破し、平均寿命も80歳を超え、着実に超高齢社会へと進行している。高齢化あるいは長寿化は単に寿命が延びただけではなく、高齢者の健康状態や生活機能の変化もまた大きい。
特に高齢者での不健康寿命を増大させる原因として「老年症候群」があげられる。これは必ずしも疾病ではないが加齢に伴って高頻度に出現し、生活機能を低下させ、容易に要介護状態へと移行させる症候で、転倒、尿失禁、低栄養、口腔機能低下(誤嚥)、うつ、閉じこもり、認知機能低下、などが代表的な状態である。
これらの老年症候群は高齢者の健康度(生活機能)を低下させ、自立を阻害し、QOLを著しく損なうものであり、介護予防の視点からも早急に対策が必要となっており、応募者はこのような高齢者の健康問題を解決するための予防医学的な対策を開発し普及に努めた。
高齢者の健康維持のためには単に疾病を予防するだけでは不十分であり、生活機能の維持・向上と要介護状態の早期予防が必須である。そのためには日々の生活の障害要因、すなわち老年症候群を可能な限り早期に発見し、早期に対応することが重要である。
応募者は大規模長期縦断疫学研究による老年症候群の危険因子の早期発見と、それらに対する無作為割付比較介入試験の結果を導入し、明確な科学的根拠に基づく早期予防方法を用いて、高齢者のための包括的健診システムとハイリスク高齢者への新たな対応策を開発した。
地域高齢者を対象とした、健康の維持・増進、老年症候群の早期発見・早期対応、および介護予防を目的とした包括的健診は「お達者健診」と名づけられ、介護保険の開始された翌年(平成13年)から東京都板橋区の70歳以上の高齢者を対象として、毎年10・11月に実施し、これまで約2万人の方々が受診している。
この検診では単に横断的な調査のみならず、対象者(多くは住民台帳よりの無作為抽出)の縦断的な追跡調査を実施している。初回調査以降、「お達者健診」の受診者と非受診者と特性やその後の生存率の差異など実際のデータに基いて、今後の超高齢社会における高齢者の健康維持・向上の新たな健康予防医療のあり方を提示した。
本研究に関わる研究成果は、100本以上の(いずれも厳しい査読のある国内外の)原著論文や総説等で紹介されている。さらに健診を通じてさまざまな老年症候群のハイリスク高齢者、いわば容易に介護状態へと移行する可能性の高い高齢者に対し、科学的に根拠の高い無作為割付比較介入試験(Randomized Controlled Trial)を実施し、その具体的取り組み方法や有効性についても確認している。
それらはすべて国際的学術誌に発表され、特に転倒予防、尿失禁、歩行障害予防、老化の促進物質としてのβ2MGや25(OH)Dの役割等、特筆すべき成果が挙がっている。これらの一連の調査・研究の結果、高齢者を対象とした新たな包括的健診のあり方や具体的な介護予防の方策などが確立されたといっても過言ではない。
【 受賞対象業績の概要説明 】
特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度について
上述のような高齢者の健康維持、生活機能向上、および介護予防を目的とした包括的健診については、これまでわが国にはまったく存在しない新たな健診の方向性と将来性を提示した。
これは平成18年度の国の介護保険法改正に伴う「介護予防」施策の新たな導入、すなわち「地域支援事業」の策定に際して、基本的戦略の枠組みと科学的データを提供することに役立っている。
今後の超高齢社会にはこのような高齢者の生活機能に着目した包括的健診こそが高齢者の健康に有効であり、集団検診方式による老年症候群の早期発見・早期対策は、疾病予防と介護予防を効率的に行なう戦略はその経済性に優れたものとなっている。
実際、厚生労働省の介護予防に関する評価分析事業によっても、その事業効果および費用対効果は優れたものであることが示され、わが国の政策課題や公衆衛生学上への貢献は大きい。
受賞者 | 中村 雅一 (大阪府立健康科学センター 脂質基準分析室 室長) |
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テーマ名 | 国際標準化を通じた国内臨床検査室の脂質測定精度の向上とその臨床研究・疫学研究・公衆衛生施策への応用 |
血中脂質(総コレステロール、HDLコレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪等)の異常は、心筋梗塞や脳卒中などの脳・心血管系疾患の危険因子であり、その定期的な測定によるスクリーニングは保健指導や早期治療の大前提となる。またこれらは重要な発症リスクとして、多くの疫学研究・臨床試験で測定されている。
さらに欧米に比し脳卒中が多く心筋梗塞が少ないというわが国特有の循環器疾患の病像を規定する要因として、欧米との血清脂質の差が大きく寄与している。以上のことから血清脂質を国際的な精度で測定することは非常に重要であり、できればどの臨床検査室でも高い精度で測定ができることが望ましい。
大阪府立健康科学センター(旧大阪府立成人病センター集団検診第Ⅰ部)は、40年以上にわたってこれ等疾病の予防対策と研究に従事し、米国の国立研究機関であるCenters for Disease Control and Prevention(CDC)の脂質測定標準化システムに参加することで、世界に通用する測定精度を有する脂質分析室を構築・維持してきた。
受賞対象者はこの業務に昭和49年以来取り組み、さらにこの標準化システムにわが国の一般の検査室が参加できるシステムを構築し、その測定精度の向上に貢献した。さらに多くの公的調査や臨床研究・疫学研究に参画し、多大な研究業績を上げた。
心筋梗塞や脳卒中など循環器疾患の発症リスクファイターとして重要な血中脂質に関して、定量分析が出来る基準分析室を立ち上げ、一般検査機関が国際的な精度で血中脂質の測定ができる環境を整備し、わが国の疫学研究・臨床試験・健診機関からの測定精度の標準化の要請に応えている。わが国において、国際的な基準を満たす精度で脂質異常症の血液検査を可能とする環境を整備し、国民の公衆衛生の向上に貢献した。
【 受賞対象業績の概要説明 】
特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について
独創性、有効性、経済性:信頼性が高く、かつ、国際的な互換性のある脂質分析を実施するために、1992年に米国CDCが組織するCholesterol Reference Method Laboratory Network(CRMLN〉に加盟し、脂質基準分析室としての認定を受け、世界中の試薬メーカーや臨床検査室を対象とした標準化を実施してきた。
その中でも、1996年に世界で初めてわが国で開発されたHDLコレステロールとLDLコレステロールの直接法を開発段階から支援し、その後出来上がった製品に対して7社の試薬メーカーの標準化を達成してきた。
(CDCのウェブサイトで公開中 – http://www.cdc.gov/labstandards/crmln.htm)