遠山椿吉記念 第8回 食と環境の科学賞 受賞者発表

遠山椿吉記念 第8回 食と環境の科学賞 受賞者発表

このたび、たいへん多くの優れた研究テーマが応募されました。選考委員会による厳正なる審査を経て、当法人の経営会議にて協議した結果、栄えある第8回 食と環境の科学賞の受賞者を決定いたしましたので、発表いたします。

受賞された方々には、こころよりお祝い申し上げます。

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遠山椿吉記念
第8回 食と環境の科学賞
受賞者
堤 康央
大阪大学大学院 薬学研究科 栄誉教授
テーマ名
食品に含有されるナノマテリアルの次世代影響等、安全性評価に関する研究
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遠山椿吉記念 第8回 食と環境の科学賞
山田 和江賞
受賞者
伴戸 寛徳
旭川医科大学 准教授
テーマ名
食品媒介性原虫の潜伏感染メカニズムの解明と制御技術の新規開発

※ 遠山椿吉賞応募者のうち、優秀な研究成果をあげており、これからの可能性が期待できる40歳以下の方に対して、平成27年度に「山田和江賞」を創設しました。「山田和江賞」は、当財団が戦後10年間休止していた事業を再建し、平成26年に享年103で亡くなられた故山田和江名誉理事長・医師の50余年の功績を記念して創設されました。

研究成果の概要:遠山椿吉記念 第8回 食と環境の科学賞

受賞者堤 康央(大阪大学大学院 薬学研究科 栄誉教授)
テーマ名食品に含有されるナノマテリアルの次世代影響等、安全性評価に関する研究

背景

ナノマテリアル(100nmよりも小さい)は、サブミクロンサイズ以上(100nm以上)の従来素材と比較し、比表面積の増大による反応性増強や吸収効率の向上、食味・食感の改善といった有用性を期待できるため、食品分野での開発・実用化が進んでいる。一方でこれら有用性が二面性を呈し、特有の毒性(ナノ毒性)を招いてしまうなど、健康影響が懸念されている。

しかし現状、ナノマテリアルの安全性は殆ど理解されていない。例えば2020年に「毒性があるのか、無いのか」というハザード情報のみで、食品グレードのナノ酸化チタンが欧州で規制されたように、ナノマテリアルのリスク(ハザードと曝露実態[動態]との積算)に関する情報は未だ皆無に等しく、地球規模で解決すべき「問い」となっている。

調査・研究のねらい

「食品に含有されるナノマテリアル」の安全性や健康リスクを紐解くためには、❶曝露実態(体内存在様式、体内存在量・時間、体内/細胞内動態[ADME;吸収・分布・代謝・排泄/蓄積])の解明、❷生殖発生毒性、免疫毒性など、未解明なハザードの同定と❸その毒性発現に係る分子メカニズムの理解が喫緊の課題となっている。

中でも、食品中ナノマテリアルへの意図的/非意図的曝露は既に避け得ないことから、化学物質に高感受性な脆弱世代(妊婦/乳幼児等)に対する次世代影響評価の重要性が指摘されており(2020年EUナノ材料・オブサーバトリーからの報告書等)、本研究の「狙い」となっている。

調査・研究の成果

※文①~⑮は、応募書類4「代表的な原著論文(別刷りを同封)」に記載の文献番号。

受賞者はこれまでに、内閣府食品安全委員会食品健康影響評価研究(No.1005)や厚生労働科学研究費補助金化学物質リスク研究事業(H19-化学-一般-005、H22-化学-一般-006、H25-化学-一般-005、21KD0101)等の支援を受け、1頁<調査・研究のねらい>に記載の❶に関して、ナノマテリアルの物性(ナノ物性)により体内動態や細胞内挙動が運命付けられることを明らかとし【②Part.Fibre.Toxicol., 2011.[IF=9.4]、⑥Nanoscale Res.Lett.,2014.[IF=4.7]、⑫J.Control.Release,2017.[IF=9.8]等】、また❷に関して、銀ナノ粒子が金属アレルギー発症/悪化のトリガーになること【⑨Nat.Nanotechno.,2016[IF=39.2等]】や、非晶質ナノシリカが播種性血管内凝固症候群を誘導すること【⑤Part.Fibre.Toxicol.,2013.[IF=9.4]等】など、新たなハザードを初めて同定すると共に【④Part.Fibre.Toxicol., 2012.[IF=9.4]、⑦Nanoscale Res.Lett.,2014.[IF=4.7]、⑧Part.Fibre.Toxicol., 2015.[IF=9.4]等】、❸に関して、毒性発現に係るキー分子(安全性バイオマーカー)の同定【Biomaterials,2011.[IF=10.3]、③Nanoscale Res.Lett.,2012.[IF=4.7]等】にも成功するなど、Nano-Safety Science(ナノ安全科学)研究の国内外でのパイオニアとなっている。

これら一連の研究で重要なことは、ナノマテリアルのハザードと曝露実態は、化学構造式から理解できる物性に加え、ナノマテリアルのサイズ、形状、表面電荷、分散・凝集状態といった物性に影響を受けることであり、これは逆に「物性-動態」を制御すれば、安全かつ有用な食品中ナノマテリアルをデザインできることを意味している。本観点から受賞者は、食品領域で産学官連携にてNano-Safety Design(ナノ最適デザイン)研究を推進するなど(フラーレン、ナノクルクミン等)、類を見ない食品開発・実用化研究をも展開している。

【 受賞対象業績の概要説明 】

特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

受賞者は、「脆弱な個体(妊婦母体/胎児/乳幼児など)」に着目した検討から、(1)妊娠期の曝露により、ナノマテリアルがマウス胎盤を突破して胎仔にまで到達し、胎仔発育不全を起こしてしまうこと【①Nat. Nanotechnol.,2011[IF=39.2]等】、産まれてきた新生仔が低出生体重を呈し、将来的に行動異常(躁鬱状態、驚愕症、社会不安症など)や成長(体重)異常といった発達障害を示すこと、(2)ナノマテリアルが母乳を介して乳幼仔の脳にまで移行すること【⑩ACS Nano,2016.[IF=15.9]】、(3)ナノマテリアルが雄親の精母細胞の核内や精子にまで移行し、精巣ホルモンの分泌異常を誘発し得ることを先駆けて明らかとしている。また(4)ナノマテリアルによる胎盤障害に対して、好中球【⑬Front.Immunol.,2018.[IF=7.5]】やオートファジー【Sci.Rep.,2019.[IF=4.0]】が保護的に働くなど、生殖免疫毒性研究の重要性を示すなど、ナノマテリアルの次世代影響等、安全性評価研究で独創的な研究を展開してきた。さらに、(5)ナノ物性を最適化することで上述の生殖発生毒性を軽減し得ることを認めており、国民や産業界といった社会がナノマテリアルの恩恵を最大限に享受できる、Sustainable Nanotechnology(安全かつ有用に持続利用可能なナノテクノロジー)に叶う知見を得ている。

また環境省エコチル調査と連携し、母親、乳幼児における「ナノマテリアルのヒト曝露実態」の解明を唯一進めており、ヒト試料解析技術の開発【⑭Nanoscale Res.Lett.,2019[IF=4.7]、⑮Nanoscale Res.Lett.,2020[IF=4.7]】と共に、初のヒト曝露情報を集積しつつあり、安全・安心な食品の開発など、今後のヒト健康環境の確保に資するものと期待される。

研究成果の概要:遠山椿吉記念 第8回 食と環境の科学賞 山田和江賞

受賞者伴戸 寛徳(旭川医科大学 准教授)
テーマ名食品媒介性原虫の潜伏感染メカニズムの解明と制御技術の新規開発

背景

寄生虫トキソプラズマは、ヒトを含め全ての恒温動物に感染することが可能な人獣共通感染症の原因となる病原体であり、特に妊婦や免疫不全患者が感染した場合重篤な症状を引き起こす。トキソプラズマに汚染された肉を加熱不完全な状態で食べることがヒトへの主な感染経路であるため、食品媒介性感染症の一つとして知られている。

近年、動物との生活空間の重なりが増えたことに加え、食の多様化が進んできており、ヒトがトキソプラズマに感染するリスクは高まっている。実際にトキソプラズマ患者数は年々増加し続けており、トキソプラズマ症は、2012年9月に患者会が設立されるほど、我が国で公衆衛生上問題となっている。しかしながら、根治治療法は未だに確立されていない。

調査・研究のねらい

畜産動物やヒトに経口感染したトキソプラズマは、筋肉や脳に生涯潜伏感染する。この潜伏感染体が新たな感染源であり、また様々な疾病の潜在的な原因ともなっている。しかし、潜伏感染メカニズムは未だ明らかとなっていない。

そこで本研究のねらいは、潜伏感染がおこる臓器の一つである脳に着目して潜伏感染メカニズムを解明することである。本研究によって得られる成果は、トキソプラズマ症の新規治療法の確立に向けた研究基盤の構築に加え、食肉の汚染の有無の簡便な検査法や汚染された可能性のある食肉の安全な処理法の開発に大きく貢献するものである。

調査・研究の成果

畜産動物やヒトの体内に経口感染したトキソプラズマは腸管細胞で急増虫体として増殖したのち、血流に乗って全身へ感染を広げていき、特定の臓器に到達すると潜伏感染虫体を形成する。トキソプラズマが潜伏感染しやすい臓器として脳が知られているため、まず受賞者らは脳のどこにトキソプラズマが潜伏感染するかを明らかとするために、ミクログリア、アストロサイト、脳神経細胞への潜伏感染動態解析を行った。

その結果、トキソプラズマは主に脳神経細胞へ潜伏感染することが明らかとなった。そこで次に、生体内に近い性質を有するヒトiPS由来脳神経細胞を用いて、潜伏感染メカニズムの解明を進めた。まず、トキソプラズマ感染に伴う脳神経細胞の生理的な変化を解析したところ、脳神経細胞内のグルタミン濃度が著しく低下していることを見出した。

また、トキソプラズマ感染脳神経細胞では、細胞外からのグルタミンの取り込みに重要な細胞膜上のグルタミントランスポーターの活性が抑制され、なおかつ、細胞内のグルタミン分解酵素(グルタミナーゼ)が活性化することを発見した。

そしてさらに、それらの生理的変化の相乗的な影響によって引き起こされる細胞内のグルタミン枯渇がトキソプラズマの潜伏感染の成立に重要であることを明らかにした。そこで、細胞内のグルタミン分解を人為的に阻害することで、細胞内グルタミン枯渇に伴うトキソプラズマの潜伏感染の抑制を試みた。その結果、老化や加齢制御効果でも注目されているグルタミナーゼ阻害剤の一つによって潜伏感染を抑制することに成功した。

【受賞対象業績の概要説明 】

特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

近年、国内外問わずトキソプラズマに関する研究に注目が集まってきているにも関わらず、ヒトの脳内におけるトキソプラズマの潜伏感染メカニズムに関する研究は、実験系の難しさから世界的にも少ない。一方受賞者らは、世界に先駆けて、ヒトの細胞内における宿主-病原体間相互作用に着目し、様々なヒトの遺伝子組換え細胞や、遺伝子組換え原虫を用いて、宿主免疫応答と、原虫の病原性メカニズムの解明を行ってきた。

これらの研究成果によって構築されてきた免疫寄生虫学的手法を用いた研究は世界に類をみないものであり、競合研究も存在しないため、独創性が極めて高い。本研究成果では、トキソプラズマの潜伏感染メカニズムを逆手に取ることで、潜伏感染を抑制することが可能なモデル化合物を取得した。したがって将来的には、これらの成果をもとに製薬会社等との共同研究につなげることで早期の根治薬開発を目指す。

新規治療法が確立されると、トキソプラズマ症に苦しむ人々を減少させることができ、また、効果的な予防・治療法を確立することで、妊婦の精神的不安を減らせることができる。さらに、先天性トキソプラズマ症の発症を抑制できれば、新生児の増加にも繋がり、持続的な経済成長を支えるといったアウトカムも生み出す。

さらに、潜伏感染の指標となる分子を同定したことで、新規の検査法開発へ繋がる可能性も高い。したがって、例えば野生動物を安全に食品として利用できることで、食害の防止や自然保護といったアウトカムも生み出す。このように本研究成果は、様々な観点から公衆衛生の 発展や、地域振興や産業の発展に大きく貢献する。

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