国内製造・販売が許可された乳児用液体ミルクと今後の普及

2018年10月17日
一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
学術顧問 安田 和男

粉ミルクと液体ミルク

乳幼児用のミルクと言えば、誰もが粉ミルクを思い浮かべます。粉ミルクは母乳の代替として、外出時、保育者の体調不良時の利用などいろいろな事情・場面において、子育ての強い味方として用いられています。

粉ミルクの原料となる乳牛から搾乳した生乳は、タンパク質、ミネラルなどの栄養素を豊富に含む食品ですが、その状態では腐敗しやすく、また容積が大きいため移送、保管は困難が伴います。そこで生乳を、ろ過、脱脂、加熱殺菌、成分調整、濃縮、噴霧乾燥、包装などの工程を経て製品の粉ミルクにします。

なお、粉ミルクを乳児に与える際は、洗浄、消毒した哺乳瓶に適量を量って温湯で溶かした後、乳児が飲みやすい温度まで冷ます必要があります。

一方、北欧をはじめ欧米諸国では、ペットボトルや紙パックなどの容器に充填された液体の乳児用ミルクがスーパーやドラッグストアなどで販売されています。容器の所定の場所に吸い口(乳児用乳首)を装着すればすぐに飲めることや、湯で溶かす手間も時間もかからず、長期保存ができるなど、使い勝手が良いとの理由から、海外ではよく利用されているようです。

また、液体ミルクは、育児の負担軽減の他、災害時の停電・水道供給停止時の備えとして有用とされています。しかし、これまで日本で液体ミルクを利用するには、輸入品を購入するか個人輸入により入手するしかありませんでした。

災害時の支援と国による法改正

平成30年8月8日、厚生労働省において「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」及び「食品、添加物等の規格基準」を、消費者庁において「健康増進法施行令」及び「特別用途食品の表示許可等について」を改正・施行したことで、事業者がこれらの基準に適合していれば乳児用液体ミルクを国内で製造・販売することが可能となりました。

今回、わが国が乳児用液体ミルクの解禁に向けて法律の改正に踏み切った大きな理由は、近年日本で大規模な地震や豪雨災害が多発し、災害時の食料確保、とりわけ乳児用のミルクの作製や確保への心配から、それらの国内販売を望む声が高まったためと考えられます。

実際、2016年の熊本地震発生時には、駐日フィンランド大使館から液体ミルクが救援物資として被災地に配布され、注目されました。さらに、今夏の豪雨災害に際しては東京都は、被災地である岡山県と愛媛県に計約2,600本を、9月に発生した北海道地震の際には約1,000本の輸入備蓄品の乳児用液体ミルクを、被災地の避難所に届けています。また、東京都の小池百合子知事が、「災害時にも使える乳児用液体ミルクの普及を図る」ことを公約の一つとして挙げている他、9都県市の知事らの会議でも、国に法整備を要望してきた経緯もあります。

今回の法整備を受けて、内閣府男女共同参画局は「乳児用液体ミルクの普及に向けた取り組み」として、乳児用液体ミルクは、常温で長期間の保存が可能な製品であり、授乳時の調乳の手間を省くことができることから、乳児用粉ミルクに比べ、授乳者の負担軽減や安全面で利点があることや、災害時の備えとしても活用できるとしています。

成分規格の設定

食品衛生法では、販売用の食品や添加物の製造、加工、使用、保存等については、厚生労働大臣により規格基準が定められています。粉ミルクには、これまで食品衛生法に基づく乳等省令により「調製粉乳」として規格基準が定められていました。しかし、乳児用の液体ミルクについては、安全性確保のための基準がないため、国内生産・販売ができませんでした。

今回、生乳、牛乳等を原料として製造された食品を主要原料とし、これに乳幼児に必要な栄養素を加え液状にしたものを「調製液状乳」と定義し、その安全性を確保するため乳等省令が改正されました。そこでは調製液状乳に関わる規定として、成分規格、製造基準及び保存基準が定められました。

また製造は、乳製品製造業の許可を受けた施設で一貫して行うことも規定されました。

国内メーカーによる液体ミルクの試作では、無菌状態で充填し、密封後も加熱滅菌された缶、レトルトパック及び紙パック製品について、15か月間常温放置した後も有害な微生物は検出しなかったとの調査結果が出されています。しかし、開封すれば微生物の混入・繁殖の恐れがあるため、乳等省令では運用上の注意として、開封後はできる限り早く消費すること等その適切な取扱いについて消費者への啓発を図ることとしています。

特別用途食品として

厚生労働省令の改正により、乳児用液体ミルクの国内での製造、販売が可能になったことを受け、消費者庁は同日、乳児用液体ミルクの普及実現に向けて、「健康増進法施行令」(消費者庁告示)及び「特別用途食品の表示許可等について」(消費者庁次長通知)を改正しました。

この中で乳児用液体ミルクを、母乳代替食品として乳児の発育に適した「特別用途食品」として表示する許可のための基準を定めました。特別用途食品とは、乳児の発育や妊産婦、病者、高齢者用などの健康の維持・回復など特別の用途に適する旨の表示ができる食品を総称します。

本改正の要点は、

①新たな「乳児用調製乳」の分類の下に「乳児用調製粉乳」及び「乳児用調製液状乳」の区分を設定。

②母乳の代替食品として使用できる旨、ただし乳児にとって母乳が最良である旨、標準的な使用方法等の表示必要事項を設定。

③成分規格の基準にセレンを追加(平成34年4月1日から適用)したことです。

今後の普及に向けて

今後、調製液状乳は各事業者における具体的な製品の開発と、厚生労働省における原材料等の確認・承認及び消費者庁における特別用途食品の表示許可を経て、いろいろな製品が市販されることと思います。

しかし、これまで国内乳業メーカーは、販売売上や利益率などの市場規模が不確かなことや設備投資のコストが新たに必要になることなどから、乳児用液体ミルクの製造への積極的な取り組みはしていなかったものと思われます。そのため、乳業関連の協会によると乳児用調製液状乳が市販されるまでには、これから1年以上はかかる見通しだと言います。

また、ここにきて被災地に送られた乳児用液体ミルクが、安全性や使用法に対する正しい情報の伝達不備や不十分な知識、配布時期の遅れが原因で活用されず、保管されたままの製品があるとの報道がありました。

乳児用調製液状乳は、調乳なしで乳児がそのまま飲用できる製品であり、災害時の支援はもとより、子育て世代や共働き世帯にとっては育児の負担軽減が期待できるものであると思います。それを有効に安全に利用するためには、「特別用途食品の許可基準」に基づき表示された使用方法に従って、適切に使用する必要があると考えます。

さらに、国や自治体、メーカーからの安全性や有効性に関するより多くの情報の提供が望まれ、それらの情報が消費者に正しく十分に理解されることが、今後の乳児用調製液状乳の普及につながるものと思います。

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