新たな段階に入ったシックハウス問題(第1回)

2021.07.15

財団法人 東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
環境検査部 技術部長 瀬戸 博

新築あるいはリフォームした建物内の空気質が原因となって惹き起こされる様々な健康障害がシックハウス症候群として認知されてから久しい。この病気に対する行政や業界の理解が深まり、対策も一定程度進んだため、国民生活センターに寄せられる相談件数も一時より減少している。一方、散発的ではあるが、依然としてシックハウス・シックスクール事例がマスメディアで報道されているのも事実である。

シックハウス問題はどうなっているのか、対策は現状のままで十分なのか、なぜ、シックハウスはなくならないのか等々、次々と疑問が生じてくる。毎日新聞の特集記事「消えないシックハウス」(2011年1月17日~19日)は、「シックハウスはもう終わった」と考えている人達に、注意を喚起するものとして非常に注目された。

今、シックハウス問題は、停滞・膠着状態から解決の方向に向かうための新たな段階に入っていると考えられる。このような視点で、今回から4回シリーズでシックハウス問題を再検証していく予定である。

1. シックハウス問題は解決していない!

具体的な事例をあげてみよう。
2010年7月に完成した新議員会館でシックハウスが発生した。症状を訴えたのは民主党の桜井充参院議員で新しい議員会館に充満する化学物質のせいで体の具合が悪くなる「シックハウス症候群」を発症したとし、2010年8月4日の参議院予算委員会で「国の化学物質の対策は十分だったか」と問題提起した。参院側は、桜井氏らの問い合わせに「国の指針値を超える濃度の化学物質は検出されていない」と説明した(東京新聞2010年8月4日)。桜井議員は「化学物質のにおいがきついと思った」と述べているが、原因物質名は公表されず不明のままである。東京大学大学院の柳沢幸雄教授は、「揮発性有機化合物(VOC)の総量(TVOC)は、同年8月の時点で朝方は、902~2452µg/m3でシックハウスを起こすのに十分な濃度」と判断した。

原因と思われる物質名が判明した事例もある。
2007年2月に北海道のA小学校で発生したシックスクール事例である。2006年11月に竣工し、同年12月に学校環境衛生基準の6種の化学物質について室内空気中濃度を測定したところ、すべて基準値以下であった。さらに、農薬・可塑剤を含む厚生労働省の指針値物質も基準値以下であった。2007年7月になって1-メチル-2-ピロリドンとテキサノールが高濃度に汚染しており、テキサノールは壁に使用された水性塗料に含まれていたことが判明した。その後、換気やベークアウト等の低減化対策により、これらの物質の室内空気中濃度は低下し、2008年4月に新校舎での授業が再開された。

大きなニュースにこそなっていないが、一般の住宅でも、シックハウス症候群は発生している。
これらのことから、国が規制した物質によるシックハウス症候群に加えて、未規制化学物質によって惹き起こされるシックハウス症候群があるということ、すなわち新しいタイプのシックハウス問題が浮かび上がってくる。

2. 国等のシックハウス対策とその効果

1997年から2003年にかけて、当時、室内空気中の濃度が高く、健康影響が懸念されたホルムアルデヒドやトルエン、キシレン等13種類の化学物質については、表1に示す様々な規制や対策が進んだ。

表1 シックハウス対策に関する国や業界の主な対策

特に、ホルムアルデヒドについては、建材からの放散速度によって使用できる面積が制限されるなど厳しいものとなった。現在では、ホルムアルデヒドの放散速度が低く、無制限に使用できるF☆☆☆☆(エフフォースター)が業界の標準となっている。

また、トルエン・キシレン・エチルベンゼン・スチレンといった4種類の揮発性有機化合物(VOC)についても、放散速度による使用面積制限の自主規制が行われている(建材からのVOC放散速度基準化研究会2008年4月1日)。
建築学会も、ホルムアルデヒドに加えて、アセトアルデヒド、トルエン、総揮発性有機化合物(TVOC)の規準を制定した(2009年8月4日公表)。

これらの規制により、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、スチレンは少なくとも室内施工用建材にはほとんど使われなくなった。

一方、シックハウス症候群の患者数は統計がなく不明だが、国民生活センター等に寄せられる相談件数は、徐々に減少している(図1)。

しかし、このデータはシックハウス問題が解決したことを意味してはいない。むしろ、2003年度までに主な対策がなされたにもかかわらず、その割に相談件数が減少していないとみるべきであろう。 
その解決していない部分には、先にふれたような未規制化学物質によって惹き起こされるシックハウス症候群の存在、新しいタイプのシックハウス問題が含まれている。

次回は、化学物質と室内環境の関係、未規制化学物質の現状等について述べる予定である。


新たな段階に入ったシックハウス問題 (シリーズ全4回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第4回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第3回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第2回)

新たな段階に入ったシックハウス問題 (第1回)

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