遠山椿吉記念 第3回 食と環境の科学賞 受賞者発表

遠山椿吉記念 第3回 食と環境の科学賞 受賞者

このたびは、たいへん多くの優れた研究テーマが応募されましたが、選考委員会による厳正なる審査を重ね、当法人医療法人合同の経営会議にて協議した結果、栄えある第3回遠山椿吉賞受賞者を決定いたしましたので、発表いたします。

受賞された方々には、こころよりお祝い申し上げます。

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遠山椿吉記念
第3回 食と環境の科学賞
受賞者
小西 良子
国立医薬品食品衛生研究所 衛生微生物部部長
テーマ名
マイコトキシンの毒性発現機序ならびに健康リスク評価に
関する研究
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遠山椿吉記念
 第3回 食と環境の科学賞 功労賞
受賞者
石川 哲
元北里大学医学部長、元日本臨床環境医学会理事長、北里大学名誉教授
テーマ名
シックハウス症候群、化学物質過敏症および関連疾患の
診断、治療、疫学、対策に関する研究

研究成果の概要:遠山椿吉記念 第3回 食と環境の科学賞

受賞者小西 良子(国立医薬品食品衛生研究所 衛生微生物部部長)
テーマ名マイコトキシンの毒性発現機序ならびに健康リスク評価に関する研究

背景

マイコトキシンは、ヒトや動物に発がんや消化器障害など多様な健康被害を起こすカビの二次代謝物である。自然毒であるため気候や気象に影響を受けやすく、その制御は非常に困難である。さらに熱に耐性であるため調理加工による減衰効果もあまりなく、食品衛生上大きな問題となっている。マイコトキシンによる健康被害の予防には、科学的根拠に基づいたマイコトキシンに対する規格基準の設定が重要であるが、毒性評価から、分析法確立、汚染実態調査、暴露評価まで体系的に行う科学的研究は乏しい。

調査・研究のねらい

マイコトキシンによる健康被害を防止することを目的に、健康リスク評価の基となる科学的根拠に焦点をあてて以下の研究を行った。

  1. マイコトキシンの新規毒性およびその発現機序を動物実験および培養細胞系を用いて解明する。
  2. 実態調査および衛生管理に適用されるマイコトキシンの分析法を確立し、その妥当性評価手法を確立する。
  3. マイコトトキシンに適した実態調査手法を確立し、その結果から我が国のマイコトトキシンに対する暴露量を最適な手法を検討して評価する。

調査・研究の成果

  1. マイコトキシンの新規毒性およびその発現機序の解明我が国の麦類はトリコテセン系マイコトキシン、特にデオキシニバレノール(DON)およびニバレノール(NIV)汚染が問題となっていることから、それらの毒性とその発現機序を明らかにした。DONにおいては感染症への抵抗性を低下させることを見いだし、発現機序としてマクロファージ内の殺菌物質(一酸化窒素)産生を阻害することを明らかにした。NIVは雌においては内分泌異常を引き起こすことを初めて明らかにした。またNIVの毒性試験結果から一日耐容摂取量の設定を行った。さらにオクラトキシンA(OTA)において、新しい動物実験手法を用いて腎臓に限局的遺伝毒性を示すことを示唆する研究結果を得た。
  2. 健康リスク評価に関する研究1) 実態汚染調査に用いる高感度のマイコトキシンの分析法をトリコテセン系マイコトキシン(DON、アセチル体DON、NIV)、フモニシン(FUM)、OTAを対象にHPLC およびLC-MS/MSで確立した。また、規格基準のある総アフラトキシン(TAF) およびパツリンの分析法を開発し、その妥当性を評価する手法を確立した。2)マイコトキシンは年次変化の大きな自然毒であることを考慮し、健康リスク評価に用いる汚染実態は3-6年間の通年で行うことの有効性を提唱し、TAF、DON、NIV、OTAおよびFUMを対象に実施した。その結果、我が国の現実的なマイコトキシン汚染状態の把握が可能となり、マイコトキシン暴露への寄与率の高い食品群を明らかにすることができた。3)暴露評価において、マイコトキシン低汚染国である我が国に適合した統計学的手法を確立した。この手法を用いてTFA、OTA、FUM, DON, NIVを対象に我が国における精密な暴露評価結果を得ることに成功し、国民の健康リスク評価を行った。これらの結果は食品安全委員会のリスク評価書に引用された。

【 受賞対象業績の概要説明 】

特に食品の安全、感染症、生活環境衛生に対する独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

受賞者の研究業績は食品の安全に関わるものである。

  • 独創性:受賞者は、マイコトキシンを対象に、その健康リスク評価に欠かせない、毒性研究、分析化学研究、リスク解析学の研究を対象に体系的で独創的な研究をし、多くの論文を発表している。また、蓄積したデーターは我が国の規格基準策定のために貢献している
  • 将来性:マイコトキシンの分析法の確立、数年間通年による汚染実態調査、暴露評価等の体系化した健康リスク評価手法を確立したことは、将来を見据えたマイコトキシン対する予防対策に貢献する。受賞者が行ってきた体系的研究は、諸外国の手本となって特に東南アジア、中国などで注目されている。
  • 有効性:健康リスク評価を基に策定されたマイコトキシンの基準値は国民の暴露量を最小限にある。
  • 経済性:国際的基準をそのまま模倣して策定するのではなくて、我が国の実情にあった規格基準を策定することにより、無駄な衛生管理検査を回避し経済性にも貢献している。

貢献度:受賞者の研究業績は、国民の健康被害予防のため我が国に適応した基準値シナリオを提案し、厚生行政施策に反映できた。国内外に発表した論文は、国際的リスク評価機関において数多く引用されている。また食品安全委員会の専門委員の一人として、健康リスク評価書の作成に貢献した。さらに、国際的リスク評価機関であるJECFAにおいて、専門委員としてTAFおよびOTA(2007年)の摂取量評価およびDON(2010年)の毒性評価に貢献した。

研究成果の概要:遠山椿吉記念 第3回 食と環境の科学賞 功労賞

受賞者石川 哲(元北里大学医学部長、元日本臨床環境医学会理事長、北里大学名誉教授)
テーマ名シックハウス症候群、化学物質過敏症および関連疾患の診断、治療、疫学、対策に関する研究

背景

受賞者は1957年東北大学医学部卒、その後1958年~63年東大眼科に勤務、同63年Fulbright留学生として、New York大学眼科に留学、その後講師、助教授として神経眼科外来を担当し、基礎研究として抗コリンエステラーゼ剤:DFP, Paraoxon, 沃化チオフォスフェートの眼を含む感覚器官、中枢神経系への毒性影響を日米協力し研究して来た。1989年には米国環境医学会ボード試験に合格しAAEM(American Academy Environmental Medicine) Fellow Member#449として共同研究を日米で行った。これらの研究は有機リン殺虫剤の慢性神経毒性の解明で神経毒性を他覚的しかも定量的に証明する研究が中心であった。

当時、佐久市のヘリの空中散布が行われた地区の小児達に神経系に異常を持つ児童が約75名以上発生した。これが、有機リン剤の人体毒性研究の発端となった。当時は、微量摂取による慢性中毒の知識、診断基準は全く無く全力を挙げて中毒患者の診断、治療、予防、疫学研究を行った。最終的に本症の原因はマラチオン空中散布接触による自律神経、視覚中枢路障害であった。Malathion ヘリ散布の中止を要請し、脱リン剤PAM, Atoropin投与、水、食の改善によりその後数年で患者発生は無くなった。この原著はNeurotoxicity of the Visual System : edited by Merigan, Raven Press, N.Y : 233-254pp,1980に詳細に掲載されている。その後米国NIH毒性学部門長のKoelle, Dementi教授達は、我々の研究した症例に、Saku Disease(佐久)という名前をつけて、我々の研究の詳しい追認を行った論文を1994年J. Applied Toxicology 14:103-154に発表してくれた。そして、凡てが正しい研究である事を証明してくれた。特に申請者が診断に用いた脳神経中心の新しい検査法で異常を示した。それ等は視覚誘発脳波、ERG, 瞳孔反応、滑動性眼球追従運動、視空間周波数測定法でのみ異常を見出せた。それ等の事実が中毒診断に極めて重要である事を強調した。さらに米国にて有機リン剤、カルバメート剤で新しく農薬登録申請をする場合は石川の発表した機能検査を行わないと国で認可をしないという法律が施行された。詳細は同誌にHamermikにより、方法は上述論文に詳しく報告されている。これらの方法は日本発の重要検査でSarin中毒のときも一部の症例で検査が行われ生命が救われている。

また、後述する化学物質過敏症の約30%以上は有機リン剤(主に殺虫剤)による慢性中毒である事も明らかになってきた。

日本では、1994年6月に松本市、1995年3月に東京地下鉄で、有機リン毒ガスSarin中毒が発生した。後遺症として、視野狭窄、視力低下、眼瞼痙攣、手足のしびれ、麻痺その他化学物質過敏症に非常に似た症状が現在でも後遺症として残っている症例がある。この事実も残念だが、東京Sarin事件後遺症として、明確に化学物質過敏症にかかった親子の症例を紹介したのは、米国の研究者である。

調査・研究のねらい

1989年から日本でも、微量環境化学物質によると考えられる自律神経症状中心の3つの疾患が見られる様になり、その原因究明に関して研究が始まった。これ等3疾患は 1)シックハウス・ビルディング症候群、2)化学物質過敏症3)電磁波過敏症である。患者の訴えは同一で、頭痛、めまい、吐き気、だるさ、筋痛・関節痛、不眠等が主要症状である。3)については、日本ではまだ病名の認知が欧米と比較すると大きく遅れが目立っている。今後は3)についても疑わしい例は、進んで治療する必要を感じている。つまり、電子機器の引き起こす人体への影響は放置できない大きな問題だ。Computer業務に過度集中する事で発症する疾患は、VDT(Visual Display Terminal)症候群と呼ばれ全身に影響を及ぼす。

1987年日本眼科医会では、特別研究班を作り、石川哲が班長を努め身体影響の解明などを整理分類し治療を行った。本症の3主徴は1. 眼精疲労、2. 頸肩腕症候、3. テクノ不安とテクノ依存症が中心である。対策は業務中の休息時間の設置、1時間業務で15分の休みを与える、2, 3疾患に対するoperatorの早期治療である。日本での機能医学中心の治療法は労働医学の歴史の長いイギリスでは注目してくれた。

結果は、Ergonomics 33:787-798,1990. に原著として発表した。その後本邦では、小児に「光駆動性てんかん」を含む「ポケモン事件」が発生した。その後対策がとられ、強烈な光による点滅にたいする制御が行われ、患者の発生はなくなった。ここで、もう1度強調したいのは、発症段階で中枢神経系の異常を発見するのは脳神経系positron CTなどが使われるが、簡易型の他覚的検査機器を利用すれば、正確に診断が可能となる。今後これらの検査が全国的に行われる様になれば上述3疾患に対して診断精度も上がり患者の早期治療が開始されるであろう。

それは、患者救済、医療費削減に役立つと思われる。筆者の専門は神経中毒学であり過去の研究をもとにさらに簡易化し誰にでも行える検査の励行を勧めたい。瞳孔反応、調節反応、輻湊反応、REM睡眠の眼球運動の詳細な分析などを推進したい。網膜神経節細胞で新しく発見されたメラトニン抑制作用を有するメラノプシン神経節細胞の反応をキャッチ出来るので、VDT症などの異常を瞳反応から光刺激の色を変えることにより異常の探知が可能となりつつある。

contact lensを用いたsensor利用によるメラノプシン細胞からの瞳孔反応分析がルーチーンに使える様になれば、覚醒時、睡眠時もしも異常発作が起きている時blue light利用の瞳孔反応を利用すれば、新たな見地から中枢性自律神経変化を探知できる事が分かってきた。現在問題の多くの難病で化学物質過敏症を合併する報告もある。

繊維筋痛症、慢性疲労症候群などとの鑑別診断に使われる可能性もある。

最後に、最近の子供達のcomputer依存による熱中はすさまじいものである。現状は彼等の脳の成長を考える時、絶対に放っておけない大問題である。現在すでに日本では、多動、ADHD, Panic症候群など放置できぬ問題が山積している。米国では統計学調査では出生児81人に1人の割合でADHDが見られるという。今後有害化学物質や、電子機器の過剰使用による被害に注意しておかないとポケモン事件および強度のVDT症などが頻発すれば、精神科疾患のうつ病などが増加して問題を起こす可能性がある。

これまで長らく化学物質過敏症患者は病気そのものが認められず苦労して来た。この度、2011年10月1日厚生労働省から病名が認知され保険病名として採用された。MEDIS-DC標準病名マスターV2.81で病名付与が行われ「化学物質過敏症」として採択された。患者、その家族にとり朗報である。

これまでの研究は下記の方々の援助があり遂行出来たものである。佐久の疾患について:宇尾野公義(元東京大第3内科)瀬川昌也(元同大小児科)、シックハウス症候群について:村上周三(建築研究所)柳沢幸雄(元東京大応用化学)吉野博(東北大工学部・建築学)宮田幹夫(北里大医学部眼科)坂部貢(東海大解剖学・環境医学)相澤好治(北里大医学部公衆衛生学)—敬称略—に上記研究では大変お世話になった。心から御礼申しあげる。

【受賞対象業績の概要説明 】

特に食品の安全、感染症、生活環境衛生に対する独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

シックハウス症候群、化学物質過敏症の原因は有害化学物質の曝露でありその化学物質を回避する必要がある。もしも毒物を摂取した場合それを解毒し速やかに体外に排出させる事が大切だ。解毒に役立つ方法として温熱療法がある。最近の海外の研究ではやはり低温サウナ療法が治療の第一選択とされている。

ダラスのRea, 北里の白川らは治療前自律神経系が不安定で副交感神経緊張を明らかに示し瞳孔反応検査でcholinergic pupil,縮瞳などが見出された症例でサウナ療法を繰り返す事により症状が改善し瞳孔反応も正常化し全身の痛みなどの愁訴も消失した症例がある事を米国誌Environmental Medicine 8:121-127,1991. に報告した。この結果は著名な米国中毒学者Kilburn 独逸Runow らにより追試確認され現在米国では第一選択としてサウナ治療、瞳孔検査が用いられている。

薬剤治療では重要度の高い方法として、キレート剤を利用する解毒、抱合促進剤等による治療法が推奨されている:ある種のアミノ酸、グルタチオン、硫酸、グルクロン酸の抱合剤利用による治療法が極めて有効である。宮田、坂部らはこれらの方法を応用し効果を挙げている。従来から化学物質過敏症患者は訴えが多く治療する医師達も苦労した。最近の薬物治療の進歩では、症状が改善する例も増加している。今年の臨床環境医学会の発表では、医師のみならず、薬学、看護、栄養学などの領域から食の問題について研究した高度の研究が出て来た。

シックハウス症候群、化学物質過敏症の問題は、どちらかと言えば暗い方向が多かったが、最近は治るという事で、明るい方向に向きつつあるのではないかと思う。国からの病名付与もあり、重症者に対する理解、援助も始まってきたので患者、勿論関連する領域で苦労した方々にも少しずつ明るさも見えてきた。これらの治療部門が更に進展し、産業界の経済的援助も可能となれば治療効果もさらに増え明るい方向に向かってくれるのではなかろうか。

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