結核予防の普及啓発
結核予防劇
1917(大正6)年当時、死亡率(対十万人)が男性212.1人、女性249.1人※1と主要死因において死亡率第一位であった結核について、その知識を普及啓蒙するため結核予防劇を上演し、遠山椿吉は日本結核予防協会理事として、北里柴三郎らとともに幕間に予防劇上演の主旨を述べました。
作:久米 正雄 監督:小山内 薫
会場:東京丸の内有楽座
上演期間:1917(大正6)年5月21~27日
1891(明治24)年3月「東京医事新誌678号」※2
結核予防劇(PDF:715KB)日本結核予防協会の活動写真
結核予防劇に続き、遠山椿吉は、結核の知識の普及啓蒙を図るべく、佐藤敏夫・長田幹彦著「悪鬼の生涯」を脚色し、活動写真映画の製作に貢献しました。
結核予防法発布
中央衛生会の諮問を経て、結核予防法が制定されました。1919(大正8)年に公布されたこの結核予防法は、1951(昭和26)年に新たに結核予防法が制定されるまで、32年間にわたり結核予防対策の基本となりました。
また、日本結核予防会では、結核予防法発布を記念して、結核予防に関する注意書きを飛行機より空中散布しました。
※1:日本の長期統計系列 第2章人口・世帯 主要死因,男女別死亡率(明治32~平成16年)
※2:国立国会図書館所蔵
※3:公益財団法人結核予防会結核研究所所蔵